5. Saḷāyatanavaggo5. 六処品
1. Anāthapiṇḍikovādasuttavaṇṇanā
1. 給孤独教誡経の注釈
383. Evaṃ me sutanti anāthapiṇḍikovādasuttaṃ. Tattha bāḷhagilānoti adhimattagilāno maraṇaseyyaṃ upagato. Āmantesīti gahapatissa kira yāva pādā vahiṃsu, tāva divase sakiṃ vā dvikkhattuṃ vā tikkhattuṃ vā buddhupaṭṭhānaṃ akhaṇḍaṃ akāsi. Yattakañcassa satthu upaṭṭhānaṃ ahosi, tattakaṃyeva mahātherānaṃ. So ajja gamanapādassa pacchinnattā anuṭṭhānaseyyaṃ upagato sāsanaṃ pesetukāmo aññataraṃ purisaṃ āmantesi. Tenupasaṅkamīti bhagavantaṃ āpucchitvā sūriyatthaṅgamanavelāya upasaṅkami.
383. 「このように私は聞いた」とは、給孤独教誡経(アナータピンディカ・オヴァーダ・スッタ)である。その中で「重病で」とは、極めて重い病にかかり、死の床に就いたことである。「呼び寄せた」とは、長者には足が運ぶ限り、一日に一度、二度、あるいは三度と仏陀への給仕を欠かさず行ったという。彼が師にお仕えした分だけ、各大長老たちにも給仕した。彼は今日、歩む足が途絶え、起き上がれない床に就いたため、言づてを送りたいと望み、ある男を呼び寄せた。「そこへ赴いた」とは、世尊にお伺いを立てた上で、日没の時刻に赴いた。
384. Paṭikkamantīti osakkanti, tanukā bhavanti. Abhikkamantīti abhivaḍḍhanti ottharanti, balavatiyo honti.
384. 「退いている」とは、退き去り、微弱になることである。「増長している」とは、増え広がり、圧倒し、強烈になることである。
Abhikkamosānaṃ paññāyati no paṭikkamoti yasmiñhi samaye māraṇantikā vedanā uppajjati, uparivāte jalitaggi viya hoti, yāva usmā na pariyādiyati, tāva mahatāpi upakkamena na sakkā vūpasametuṃ, usmāya pana pariyādinnāya vūpasammati.
「増長するばかりで、退くことは知られません」とは、死期に臨む苦痛が生じたときは、風上の燃え盛る火のようであり、生命の熱が尽きない限り、いかに大いなる手立てをもってしても鎮めることはできず、熱が尽きるときに鎮まるのである。
385. Athāyasmā sāriputto cintesi – ‘‘ayaṃ mahāseṭṭhissa vedanā māraṇantikā, na sakkā paṭibāhituṃ, avasesā kathā niratthakā, dhammakathamassa kathessāmī’’ti. Atha naṃ taṃ kathento tasmātihātiādimāha. Tattha tasmāti yasmā cakkhuṃ tīhi gāhehi gaṇhanto uppannaṃ māraṇantikaṃ vedanaṃ paṭibāhituṃ samattho nāma natthi, tasmā. Na cakkhuṃ upādiyissāmīti cakkhuṃ tīhi gāhehi na gaṇhissāmi. Na ca me cakkhunissitaṃ viññāṇanti viññāṇañcāpi me cakkhunissitaṃ na bhavissati. Na rūpanti heṭṭhā āyatanarūpaṃ kathitaṃ, imasmiṃ ṭhāne sabbampi kāmabhavarūpaṃ kathento evamāha.
385. そこで尊者サーリプッタは考えた。「この大長者の苦痛は死期に臨むものであり、食い止めることはできない。他の世間話は無益である。彼のために法の話を語って聞かせよう」と。そこで彼にそれを説き明かすために「それゆえに」などと言われた。その中で「それゆえに」とは、眼を三つの執着(愛・慢・見)によって捉えるならば、生じた死期の苦痛を食い止めることができる者は存在しないがゆえに、ということである。「眼に執着しないであろう」とは、眼を三つの執着によって捉えない、ということである。「私の意識も眼に依存しないであろう」とは、私の意識もまた眼に依拠したものとはならないであろう、ということである。「色(形あるもの)を……ない」とは、下では処としての色(物質)が説かれたが、この箇所ではすべての欲界の色を説きつつこのように言われたのである。
386. Na idhalokanti vasanaṭṭhānaṃ vā ghāsacchādanaṃ vā na upādiyissāmīti attho. Idañhi paccayesu aparitassanatthaṃ kathitaṃ. Na paralokanti ettha pana manussalokaṃ ṭhapetvā sesā paralokā nāma. Idaṃ – ‘‘asukadevaloke nibbattitvā asukaṭṭhāne bhavissāmi, idaṃ nāma khādissāmi bhuñjissāmi nivāsessāmi pārupissāmī’’ti evarūpāya paritassanāya pahānatthaṃ vuttaṃ. Tampi na upādiyissāmi, na ca me tannissitaṃ viññāṇaṃ bhavissatīti evaṃ tīhi gāhehi parimocetvā thero desanaṃ arahattanikūṭena niṭṭhapesi.
386. 「今世を……ない」とは、居住地や衣食住に執着しないであろう、という意味である。これは資具に対する渇望(執着)を捨てるために説かれた。「来世を……ない」において、ここでは人間界を除いた残りが来世と呼ばれる。これは「しかるべき神々の世界に生まれてしかるべき場所に居よう。これを食べ、これを味わい、これを着て、これをまとおう」といったような渇望(執着)を捨てるために説かれた。「それにも執着せず、私の意識もそれに依存しないであろう」と、このように三つの執着から解脱させて、長老は阿羅漢果を頂点として説法を締めくくった。
387. Olīyasīti attano sampattiṃ disvā ārammaṇesu bajjhasi allīyasīti. Iti āyasmā ānando – ‘‘ayampi nāma gahapati evaṃ saddho pasanno maraṇabhayassa bhāyati, añño ko na bhāyissatī’’ti maññamāno tassa gāḷhaṃ katvā ovādaṃ dento evamāha. Na ca me evarūpī dhammīkathā sutapubbāti ayaṃ upāsako – ‘‘satthu santikāpi me evarūpī dhammakathā na sutapubbā’’ti vadati, kiṃ satthā evarūpi sukhumaṃ gambhīrakathaṃ na kathetīti? No na katheti. Evaṃ pana cha ajjhattikāni āyatanāni cha bāhirāni cha viññāṇakāye cha phassakāye cha vedanākāye cha dhātuyo pañcakkhandhe cattāro arūpe idhalokañca paralokañca dassetvā diṭṭhasutamutaviññātavasena arahatte pakkhipitvā kathitakathā etena na sutapubbā, tasmā evaṃ vadati.
387. 「沈み込んでいるのか」とは、自らの境遇を見て対象に縛られ、執着しているのか、ということである。このように尊者アーナンダは、「これほど信心深く澄んだ心を持つ長者でさえ死の恐怖に怯えるのか。他の誰が怯えずにいられようか」と考え、彼に強く教誡を与えつつこのように言ったのである。「私にはこのような法の話はこれまで聞いたことがありません」とは、この信徒は「師の御前からさえ、私にはこのような法の話はこれまで聞いたことがありません」と言っているが、師はこのような微細で深遠な話を説かれなかったのか。いや、説かれなかったのではない。しかし、このように六つの内なる処、六つの外なる処、六つの識身、六つの触身、六つの受身、六つの界、五蘊、四無色、今世と来世を示し、見・聞・覚・知の面から阿羅漢果へと導いて説かれた話は、彼によって聞かれたことがなかった。それゆえにこのように言うのである。
Apicāyaṃ upāsako dānādhimutto dānābhirato buddhānaṃ santikaṃ gacchanto tucchahattho na gatapubbo. Purebhattaṃ gacchanto yāgukhajjakādīni gāhāpetvā gacchati, pacchābhattaṃ sappimadhuphāṇitādīni. Tasmiṃ asati vālikaṃ gāhāpetvā gandhakuṭipariveṇe okirāpeti, dānaṃ datvā sīlaṃ rakkhitvā gehaṃ gato. Bodhisattagatiko kiresa upāsako, tasmā bhagavā catuvīsati saṃvaccharāni upāsakassa yebhuyyena dānakathameva kathesi – ‘‘upāsaka, idaṃ dānaṃ nāma bodhisattānaṃ gatamaggo, mayhampi gatamaggo, mayā satasahassakappādhikāni cattāri asaṅkhyeyyāni dānaṃ dinnaṃ, tvaṃ mayā gatamaggameva anugacchasī’’ti. Dhammasenāpatiādayo mahāsāvakāpi attano attano santikaṃ āgatakāle dānakathamevassa kathenti. Tenevāha na kho gahapati gihīnaṃ odātavasanānaṃ evarūpī dhammīkathā paṭibhātīti. Idaṃ vuttaṃ hoti – gahapati gihīnaṃ nāma khettavatthuhiraññasuvaṇṇadāsīdāsaputtabhariyādīsu tibbo ālayo tibbaṃ nikantipariyuṭṭhānaṃ, tesaṃ – ‘‘ettha ālayo na kātabbo, nikanti na kātabbā’’ti kathā na paṭibhāti na ruccatīti.
さらに、この信徒は布施を志向し、布施を歓び、諸仏のもとへ赴くにあたって手ぶらで行ったことはかつてなかった。食前に赴くときは粥や軽食などを持たせて行き、食後に赴くときはギー、蜂蜜、糖蜜などを持たせて行った。それらがないときは砂を持たせて香房の庭に撒かせ、布施をし、戒を守って家へ帰った。この信徒は菩薩の志向を持つ者であったという。それゆえ世尊は二十四年の間、この信徒に対して大部分は布施の話ばかりを説かれた。「信徒よ、この布施こそは諸々の菩薩の歩まれた道であり、私の歩んだ道でもある。私は十万劫に加えて四阿僧祇の間、布施を行ってきた。そなたは私の歩んだ道にそのまま従っているのだ」と。法将校(サーリプッタ)をはじめとする大弟子たちも、自分のところへ彼がやって来たときには布施の話ばかりを彼に説いた。それゆえに「長者よ、白衣の在家者たちには、このような法の話は思い浮かばない(説かれない)のだ」と言われたのである。これは次のように言われているのである。長者よ、在家者たちには、田畑、財産、金銀、奴婢、妻子などへの激しい執着、激しい愛着の覆いがある。彼らには「これらに執着してはならない、愛着を持ってはならない」という話は心に響かず、好まれない、ということである。
Yena bhagavā tenupasaṅkamīti kasmā upasaṅkami? Tusitabhavane kirassa nibbattamattasseva tigāvutappamāṇaṃ suvaṇṇakkhandhaṃ viya vijjotamānaṃ attabhāvaṃ uyyānavimānādisampattiñca disvā – ‘‘mahatī ayaṃ mayhaṃ sampatti, kiṃ nu kho me manussapathe kammaṃ kata’’nti olokento tīsu ratanesu adhikāraṃ disvā cintesi ‘‘pamādaṭṭhānamidaṃ devattaṃ nāma, imāya hi me sampattiyā modamānassa satisammosopi siyā, handāhaṃ gantvā mama jetavanassa ceva bhikkhusaṅghassa ca tathāgatassa ca ariyamaggassa ca sāriputtattherassa ca vaṇṇaṃ kathetvā tato āgantvā sampattiṃ anubhavissāmī’’ti. So tathā akāsi. Taṃ dassetuṃ atha kho anāthapiṇḍikotiādi vuttaṃ.
「世尊がおられるところへ赴いた」とは、なぜ赴いたのか。兜率天に生まれるやいなや、三ガヴータ(約9キロ)の大きさの黄金の塊のように輝く自らの身体と、庭園や宮殿などの壮麗さを見て、「これは私の大いなる果報である。私は人間界でいかなる業を作ったのだろうか」と見渡すと、三宝への献身を見て考えた。「天上の境遇というものは放逸の場である。この富楽に溺れていれば、正念を失うことにもなりかねない。さあ、私は行って、我がジェータヴァナ(祇樹給孤独園)と比丘サンガと如来と聖なる道とサーリプッタ長老の徳を称え、それから戻って果報を享受しよう」と。彼はそのように行った。それを示すために「そこで給孤独(アナータピンディカの天子)は」などと言われたのである。
Tattha isisaṅghanisevitanti bhikkhusaṅghanisevitaṃ. Evaṃ paṭhamagāthāya jetavanassa vaṇṇaṃ kathetvā idāni ariyamaggassa vaṇṇaṃ kathento kammaṃ vijjā cātiādimāha. Tattha kammanti maggacetanā. Vijjāti maggapaññā. Dhammoti samādhipakkhiko dhammo. Sīlaṃ jīvitamuttamanti sīle patiṭṭhitassa jīvitaṃ uttamanti dasseti. Atha vā vijjāti diṭṭhisaṅkappo. Dhammoti vāyāmasatisamādhayo. Sīlanti vācākammantājīvā. Jīvitamuttamanti etasmiṃ sīle patiṭṭhitassa jīvitaṃ nāma uttamaṃ. Etena maccā sujjhantīti etena aṭṭhaṅgikena maggena sattā visujjhanti.
その中で「仙人の集い(修行者たち)に親しまれた」とは、比丘サンガに親しまれた、ということである。このように第一の詩句でジェータヴァナの徳を語り、今度は聖なる道の徳を語りつつ「業と明知と」などと言った。その中で「業」とは、道の作意(思)である。「明知」とは、道の智慧である。「法」とは、三昧に属する法である。「戒、最高なる生(命)」とは、戒に確立した者の生が最高であることを示している。あるいはまた、「明知」とは正見と正思惟である。「法」とは正精進、正念、正定である。「戒」とは正語、正業、正命である。「最高なる生」とは、この戒に確立した者の生こそが最高である。「これによって死すべき者らは清められる」とは、この八支聖道によって衆生は清められる、ということである。
Tasmāti yasmā maggena sujjhanti, na gottadhanehi, tasmā. Yoniso vicine dhammanti upāyena samādhipakkhiyaṃ dhammaṃ vicineyya. Evaṃ tattha visujjhatīti evaṃ tasmiṃ ariyamagge visujjhati. Atha vā yoniso vicine dhammanti upāyena pañcakkhandhadhammaṃ vicineyya. Evaṃ tattha visujjhatīti evaṃ tesu catūsu saccesu visujjhati.
「それゆえに」とは、道によって清められるのであって、家柄や財産によってではないがゆえに、ということである。「如理に法を識別すべし」とは、巧みな手立てをもって三昧に属する法を識別すべきである。「このようにしてそこで清められる」とは、このようにしてその聖道において清められる、ということである。あるいはまた、「如理に法を識別すべし」とは、巧みな手立てをもって五蘊の法を識別すべきである。「このようにしてそこで清められる」とは、このようにしてそれら四聖諦において清められる、ということである。
Idāni sāriputtattherassa vaṇṇaṃ kathento sāriputto vātiādimāha. Tattha sāriputto vāti avadhāraṇavacanaṃ. Etehi paññādīhi sāriputtova seyyoti vadati. Upasamenāti kilesaupasamena. Pāraṅgatoti nibbānaṃ gato. Yo koci nibbānaṃ patto bhikkhu, so etāvaparamo siyā, na therena uttaritaro nāma atthīti vadati. Sesaṃ sabbattha uttānamevāti.
今度はサーリプッタ長老の徳を語りつつ「実にサーリプッタこそ」などと言った。その中で「サーリプッタこそ」とは限定の言葉である。これら智慧などの徳によってサーリプッタこそが勝れている、と言っているのである。「寂静によって」とは、煩悩の寂静によって、ということである。「彼岸に至った」とは、涅槃に達した、ということである。涅槃に達したいかなる比丘であっても、彼を最高峰とするのであり、長老より勝る者は存在しない、と言っているのである。残りはすべての箇所で明白である。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
パパンチャ・スーダニー 中阿含経注釈
Anāthapiṇḍikovādasuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
給孤独教誡経の注釈 終了。
2. Channovādasuttavaṇṇanā
2. 闡陀教誡経の注釈
389. Evaṃ me sutanti channovādasuttaṃ. Tattha channoti evaṃnāmako thero, na abhinikkhamanaṃ nikkhantatthero. Paṭisallānāti phalasamāpattito. Gilānapucchakāti gilānupaṭṭhānaṃ nāma buddhavaṇṇitaṃ, tasmā evamāha. Satthanti jīvitahārakasatthaṃ. Nāvakaṅkhāmīti icchāmi.
389. 「このように私は聞いた」とは、闡陀教誡経(チャンノヴァーダ・スッタ)である。その中で「チャンナ」とは、そのような名前の長老のことであり、出家に従った(御者の)長老のことではない。「静慮から」とは、果定から。「病を見舞う者たち」とは、病人の世話をすることは仏陀に称賛されたことであるから、このように言われた。「刀剣」とは、命を絶つための刃物。「望まない」とは、欲する(希求しないではない)。
390. Anupavajjanti anuppattikaṃ appaṭisandhikaṃ.
390. 「非難なきこと」とは、来世を生じさせないこと、再生を結ばないこと。
391. Etaṃ mamātiādīni taṇhāmānadiṭṭhigāhavasena vuttāni. Nirodhaṃ disvāti khayavayaṃ ñatvā. Netaṃ mama nesohamasmi na meso attāti samanupassāmīti aniccaṃ dukkhaṃ anattāti samanupassāmi.
391. 「これは我がもの」などは、渇愛・慢心・悪見の執着に基づいて説かれた。「滅を見て」とは、尽滅と衰変を知って。「『これは我がものにあらず、これは我にあらず、これは我が我(アートマン)にあらず』と正しく観察する」とは、無常・苦・無我であると正しく観察する、ということである。
393. Tasmāti yasmā māraṇantikavedanaṃ adhivāsetuṃ asakkonto satthaṃ āharāmīti vadati, tasmā. Puthujjano āyasmā, tena idampi manasi karohīti dīpeti. Niccakappanti niccakālaṃ. Nissitassāti taṇhādiṭṭhīhi nissitassa. Calitanti vipphanditaṃ hoti. Passaddhīti kāyacittapassaddhi, kilesapassaddhi nāma hotīti attho. Natīti taṇhānati. Natiyā asatīti bhavatthāya ālayanikantipariyuṭṭhānesu asati. Āgatigati na hotīti paṭisandhivasena āgati nāma na hoti, cutivasena gamanaṃ nāma na hoti. Cutūpapātoti cavanavasena cuti, upapajjanavasena upapāto. Nevidha na huraṃ na ubhayamantarenāti nayidha loke, na paraloke, na ubhayattha hoti. Esevanto dukkhassāti vaṭṭadukkhakilesadukkhassa ayameva anto ayaṃ paricchedo parivaṭumabhāvo hoti. Ayameva hi ettha attho. Ye pana ‘‘na ubhayamantarenā’’ti vacanaṃ gahetvā antarābhavaṃ icchanti, tesaṃ uttaraṃ heṭṭhā vuttameva.
393. 「それゆえに」とは、死期の苦痛を耐え忍ぶことができず「刀を取る」と言うがゆえに、ということである。尊者は凡夫である、それゆえこれも心に留めなさい、と説き示すのである。「常に」とは、いかなる時も。「依る者には」とは、渇愛と悪見に依り縋る者には。「動揺がある」とは、震え動くことである。「寂静」とは、身心の寂静、煩悩の寂静がある、という意味である。「傾き」とは、渇愛の傾き。「傾きがないとき」とは、生存のための執着や渇望の現起がないとき。「来往がない」とは、再生による「来」がなく、死による「去」がない。「死生(没再臨)」とは、死ぬことによる没、生まれることによる再臨。「ここでもなく、彼処でもなく、両者の間でもない」とは、この世でもなく、あの世でもなく、その両方でもない。「これこそ苦しみの終わりである」とは、輪廻の苦しみ・煩悩の苦しみのこれこそが終極、限界、輪廻を脱した状態である。実にこれこそがここでの意味である。「両者の間でもない」という言葉を取って中有(中陰)の存在を主張する者たちに対しては、その反駁はすでに述べた通りである。
394. Satthaṃ āharesīti jīvitahārakaṃ satthaṃ āhari, kaṇṭhanāḷiṃ chindi. Athassa tasmiṃ khaṇe maraṇabhayaṃ okkami, gatinimittaṃ upaṭṭhāsi. So attano puthujjanabhāvaṃ ñatvā saṃviggo vipassanaṃ paṭṭhapetvā saṅkhāre pariggaṇhanto arahattaṃ patvā samasīsī hutvā parinibbāyi. Sammukhāyeva anupavajjatā byākatāti kiñcāpi idaṃ therassa puthujjanakāle byākaraṇaṃ hoti, etena pana byākaraṇena anantarāyamassa parinibbānaṃ ahosi. Tasmā bhagavā tameva byākaraṇaṃ gahetvā kathesi. Upavajjakulānīti upasaṅkamitabbakulāni. Iminā thero, – ‘‘bhante, evaṃ upaṭṭhākesu ca upaṭṭhāyikāsu ca vijjamānāsu so bhikkhu tumhākaṃ sāsane parinibbāyissatī’’ti pucchati. Athassa bhagavā kulesu saṃsaggābhāvaṃ dīpento honti hete sāriputtātiādimāha. Imasmiṃ kira ṭhāne therassa kulesu asaṃsaṭṭhabhāvo pākaṭo ahosi. Sesaṃ sabbattha uttānamevāti.
394. 「刀を取った」とは、命を絶つ刃物を取り、気管(喉の管)を掻き切った。その瞬間に彼に死の恐怖が襲い、来世の兆相が現れた。彼は自分が凡夫であることを知って戦慄し、ヴィパッサナーを確立して諸行を洞察し、阿羅漢果に達して等頭(命の終わりと煩悩の滅尽が同時であること)となって完全な涅槃に入った。「面前で非難なきことが説き明かされた」とは、これは長老が凡夫であった時の解答ではあったが、この解答によって彼には間断なく完全な涅槃が生じたのである。それゆえ世尊はその解答そのものを取り上げて語られた。「非難されるべき家々」とは、近づくべき親しい家々。これによって長老は、「世尊よ、このように親しく世話をする男信徒や女信徒たちがいるのに、その比丘はあなたの教えにおいて完全な涅槃に入るのでしょうか」と問うている。そこで世尊は彼が家々に執着していないことを示しつつ「サーリプッタよ、実にそれらはある」などと言われた。この箇所において、長老の家々に対する無執着のありさまが明白となったという。残りはすべての箇所で明白である。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
パパンチャ・スーダニー 中阿含経注釈
Channovādasuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
闡陀教誡経の注釈 終了。
3. Puṇṇovādasuttavaṇṇanā
3. 富楼那教誡経の注釈
395. Evaṃ me sutanti puṇṇovādasuttaṃ. Tattha paṭisallānāti ekībhāvā. Taṃ ceti taṃ cakkhuñceva rūpañca. Nandīsamudayā dukkhasamudayoti nandiyā taṇhāya samodhānena pañcakkhandhadukkhassa samodhānaṃ hoti. Iti chasu dvāresu dukkhaṃ samudayoti dvinnaṃ saccānaṃ vasena vaṭṭaṃ matthakaṃ pāpetvā dassesi. Dutiyanaye nirodho maggoti dvinnaṃ saccānaṃ vasena vivaṭṭaṃ matthakaṃ pāpetvā dassesi. Iminā ca tvaṃ puṇṇāti pāṭiyekko anusandhi. Evaṃ tāva vaṭṭavivaṭṭavasena desanaṃ arahatte pakkhipitvā idāni puṇṇattheraṃ sattasu ṭhānesu sīhanādaṃ nadāpetuṃ iminā ca tvantiādimāha.
395. 「このように私は聞いた」とは、富楼那教誡経(プンノヴァーダ・スッタ)である。その中で「独居から」とは、独りある状態から。「それらを」とは、その眼と色(対象)を。「歓喜の生起により苦の生起がある」とは、歓喜である渇愛の結合によって五取蘊の苦しみの結合が生じる。このように六つの門において苦と集(苦の原因)という二つの真理(二諦)によって輪廻の頂点を明らかにして示された。第二の教えでは滅と道という二つの真理によって輪廻の解脱の頂点を明らかにして示された。「そしてプンナよ、そなたはこの……によって」とは、個別の文脈の連結である。このようにまず輪廻と解脱によって説法を阿羅漢果へと導いて、今やプンナ長老に七つの箇所で獅子吼をなさしめるために「そしてプンナよ、そなたはこの……」などと言われた。
396. Caṇḍāti duṭṭhā kibbisā. Pharusāti kakkhaḷā. Akkosissantīti dasahi akkosavatthūhi akkosissanti. Paribhāsissantīti kiṃ samaṇo nāma tvaṃ, idañca idañca te karissāmāti tajjessanti. Evametthāti evaṃ mayhaṃ ettha bhavissati.
396. 「獰猛である」とは、邪悪で罪深いことである。「粗暴である」とは、荒々しいことである。「罵倒するであろう」とは、十種の罵倒の言葉によって罵倒するであろう。「誹謗するであろう」とは、「お前など沙門と言えるのか、お前にあれこれしてやろう」と威嚇するであろう。「そのとき私にはこのように」とは、そのとき私にはこのようになるであろう、ということである。
Daṇḍenāti catuhatthena daṇḍena vā ghaṭikamuggarena vā. Satthenāti ekatodhārādinā. Satthahārakaṃ pariyesantīti jīvitahārakaṃ satthaṃ pariyesanti. Idaṃ thero tatiyapārājikavatthusmiṃ asubhakathaṃ sutvā attabhāvena jigucchantānaṃ bhikkhūnaṃ satthahārakapariyesanaṃ sandhāyāha. Damūpasamenāti ettha damoti indriyasaṃvarādīnaṃ etaṃ nāmaṃ. ‘‘Saccena danto damasā upeto, vedantagū vusitabrahmacariyo’’ti (saṃ. ni. 1.195; su. ni. 467) ettha hi indriyasaṃvaro damoti vutto. ‘‘Yadi saccā damā cāgā, khantyā bhiyyodha vijjatī’’ti (saṃ. ni. 1.246; su. ni. 191) ettha paññā damoti vutto. ‘‘Dānena damena saṃyamena saccavajjenā’’ti (dī. ni. 1.166; ma. ni. 2.226) ettha uposathakammaṃ damoti vuttaṃ. Imasmiṃ pana sutte khanti damoti veditabbā. Upasamoti tasseva vevacanaṃ.
「棒によって」とは、四肘(約1.8m)の棒や打球用の槌によって。「刀によって」とは、片刃の刀などによって。「命を絶つ刃物を探し求めている」とは、自らの命を絶つ刃物を探し求めていることである。これは長老が第三波羅夷の因縁において不浄観の説法を聞いて自らの肉体を嫌悪した比丘たちが命を絶つ刃物を探し求めたことを指して言ったのである。「調伏と寂静によって」において、「調伏」とは根(感覚器官)の防護などの名である。「真理によって調伏され、調御を具え、ヴェーダを究め、清浄行を修めた者」において、根の防護が「調伏」と言われている。「もし真理、調伏、施し、忍辱に勝るものがここにあるならば」において、智慧が「調伏」と言われている。「布施と調伏と自制と真実の語によって」において、布薩の行が「調伏」と言われている。しかしこの経においては、忍辱が「調伏」であると知るべきである。「寂静」とはその同義語である。
397. Atha kho āyasmā puṇṇoti ko panesa puṇṇo, kasmā panettha gantukāmo ahosīti. Sunāparantavāsiko eva eso, sāvatthiyaṃ pana asappāyavihāraṃ sallakkhetvā tattha gantukāmo ahosi.
397. 「そこで尊者プンナは」とは、このプンナとは何者であり、なぜそこへ行きたいと望んだのか。彼はスナーパランタ国の住人であったが、サーヴァッティーでの生活が適さないと感じて、そこへ行きたいと望んだのである。
Tatrāyaṃ anupubbikathā – sunāparantaraṭṭhe kira ekasmiṃ vāṇijakagāme ete dve bhātaro. Tesu kadāci jeṭṭho pañca sakaṭasatāni gahetvā janapadaṃ gantvā bhaṇḍaṃ āharati, kadāci kaniṭṭho. Imasmiṃ pana samaye kaniṭṭhaṃ ghare ṭhapetvā jeṭṭhabhātiko pañca sakaṭasatāni gahetvā janapadacārikaṃ caranto anupubbena sāvatthiṃ patvā jetavanassa nātidūre sakaṭasatthaṃ nivāsetvā bhuttapātarāso parijanaparivuto phāsukaṭṭhāne nisīdi.
そこには次のような経緯の物語がある。スナーパランタ国のとある商人の村に、これら二人の兄弟がいた。彼らのうち、ある時は兄が五百台の荷車を率いて地方へ赴き商品を仕入れて運び、ある時は弟がそうしていた。しかし今回は弟を家に残し、兄が五百台の荷車を率いて地方を行商し、順にサーヴァッティーに到着して、ジェータヴァナから遠くない場所に荷車の隊商を宿営させ、朝食を終えて従者たちに囲まれて心地よい場所に座っていた。
Tena ca samayena sāvatthivāsino bhuttapātarāsā uposathaṅgāni adhiṭṭhāya suddhuttarāsaṅgā gandhapupphādihatthā yena buddho yena dhammo yena saṅgho, tanninnā tappoṇā tappābbhārā hutvā dakkhiṇadvārena nikkhamitvā jetavanaṃ gacchanti. So te disvā ‘‘kahaṃ ime gacchanti’’ti ekamanussaṃ pucchi. Kiṃ tvaṃ ayyo na jānāsi, loke buddhadhammasaṅgharatanāni nāma uppannāni, iccesa mahājano satthu santike dhammakathaṃ sotuṃ gacchatīti. Tassa buddhoti vacanaṃ chavicammādīni chinditvā aṭṭhimiñjaṃ āhacca aṭṭhāsi. Atha attano parijanaparivuto tāya parisāya saddhiṃ vihāraṃ gantvā satthu madhurassarena dhammaṃ desentassa parisapariyante ṭhito dhammaṃ sutvā pabbajjāya cittaṃ uppādesi. Atha tathāgatena kālaṃ viditvā parisāya uyyojitāya satthāraṃ upasaṅkamitvā vanditvā svātanāya nimantetvā dutiyadivase maṇḍapaṃ kāretvā āsanāni paññapetvā buddhappamukhassa saṅghassa mahādānaṃ datvā bhuttapātarāso uposathaṅgāni adhiṭṭhāya bhaṇḍāgārikaṃ pakkosāpetvā, ettakaṃ bhaṇḍaṃ vissajjitaṃ, ettakaṃ na vissajjitanti sabbaṃ ācikkhitvā – ‘‘imaṃ sāpateyyaṃ mayhaṃ kaniṭṭhassa dehī’’ti sabbaṃ niyyātetvā satthu santike pabbajitvā kammaṭṭhānaparāyaṇo ahosi.
その時、サーヴァッティーの住民たちは朝食を終え、布薩の戒を誓い、清らかな上衣をまとい、香や花などを手にして、仏陀のあるところ、法のあるところ、サンガのあるところへと、そこへ傾き、そこへ向かい、そこへ傾倒して、南門から出てジェータヴァナへと向かっていた。彼は彼らを見て、「この人々はどこへ行くのか」とある人に尋ねた。「旦那様、ご存じないのですか。世に仏・法・僧という三宝が出現され、この大勢の人々は師のもとへ法の話を聞きに行くのです」と。彼にとって「仏陀」という言葉は皮膚や肉を突き抜け、骨髄にまで達して留まった。そこで自らの従者を連れてその会衆と共に精舎へ行き、師が妙なる声で法を説かれる会衆の端に立って法を聞き、出家の心を起こした。そこで如来が時機を察して会衆を解散させたとき、師に近づいて礼拝し、翌日の供養を願い出た。翌日、天幕を張らせ、座席を整えさせ、仏陀を筆頭とするサンガに大布施を行い、朝食を終えて布薩の戒を誓い、倉庫番を呼び寄せて、「これほどの商品を売却し、これほどの商品は売却していない」とすべてを告げて、「この財産を私の弟に渡しなさい」とすべてを引き渡し、師の御前で出家して瞑想主題(業処)に専念する者となった。
Athassa kammaṭṭhānaṃ manasikarontassa kammaṭṭhānaṃ na upaṭṭhāti. Tato cintesi – ‘‘ayaṃ janapado mayhaṃ asappāyo, yaṃnūnāhaṃ satthu santike kammaṭṭhānaṃ gahetvā sakaṭṭhānameva gaccheyya’’nti. Atha pubbaṇhasamaye piṇḍāya caritvā sāyanhasamaye paṭisallānā vuṭṭhahitvā bhagavantaṃ upasaṅkamitvā kammaṭṭhānaṃ kathāpetvā satta sīhanāde naditvā pakkāmi. Tena vuttaṃ – ‘‘atha kho āyasmā puṇṇo…pe… viharatī’’ti.
しかし彼が瞑想主題を作意しても、瞑想主題が心に現前しなかった。そこで彼は考えた。「この土地は私には適していない。いっそのこと師の御前で瞑想主題を授かって、自分の故郷へ行こう」と。そこで午前の時間に托鉢に歩き、夕刻に静慮から立ち上がって世尊に近づき、瞑想主題を説いていただき、七つの獅子吼を放って旅立った。それゆえ「そこで尊者プンナは……暮らした」と説かれたのである。
Kattha panāyaṃ vihāsīti? Catūsu ṭhānesu vihāsi, sunāparantaraṭṭhaṃ tāva pavisitvā ajjuhatthapabbate nāma pavisitvā vāṇijagāmaṃ piṇḍāya pāvisi. Atha naṃ kaniṭṭhabhātā sañjānitvā bhikkhaṃ datvā, ‘‘bhante, aññattha agantvā idheva vasathā’’ti paṭiññaṃ kāretvā tattheva vasāpesi.
では、彼はどこで暮らしたのか。四つの場所で暮らした。まずスナーパランタ国に入り、アッジュハッタ山という山に入って、商人の村へ托鉢に入った。すると弟が彼だと気づいて托鉢の施しを与え、「尊者よ、他所へ行かずここに住んでください」と約束させ、そこに住まわせたのである。
Tato samuddagirivihāraṃ nāma agamāsi. Tattha ayakantapāsāṇehi paricchinditvā katacaṅkamo atthi, taṃ koci caṅkamituṃ samattho nāma natthi. Tattha samuddavīciyo āgantvā ayakantapāsāṇesu paharitvā mahāsaddaṃ karonti. Theronaṃ – ‘‘kammaṭṭhānaṃ manasikarontānaṃ phāsuvihāro hotū’’ti samuddaṃ nissaddaṃ katvā adhiṭṭhāsi.
それから、サムッダギリ精舎という名の場所へ行きました。そこには磁石の岩によって仕切られて作られた経行所がありましたが、誰もそこで経行することができませんでした。そこでは海の波が押し寄せて磁石の岩を打ち、大音響を立てていたからです。長老は「業処を作意する者たちにとって心地よい住まいとなるように」と、海を静寂ならしめるよう決心(加持)しました。
Tato mātulagiriṃ nāma agamāsi. Tattha sakuṇasaṅgho ussanno, rattiñca divā ca saddo ekābaddhova hoti, thero imaṃ ṭhānaṃ aphāsukanti tato makulakārāmavihāraṃ nāma gato. So vāṇijagāmassa nātidūro naccāsanno gamanāgamanasampanno vivitto appasaddo. Thero imaṃ ṭhānaṃ phāsukanti tattha rattiṭṭhānadivāṭṭhānacaṅkamanādīni kāretvā vassaṃ upagacchi. Evaṃ catūsu ṭhānesu vihāsi.
それからマートゥラギリという山へ行きました。そこには鳥の群れが多く、夜も昼も鳴き声が絶え間なく続いていました。長老はこの場所を不快であると考え、そこからマクラカーラーマ精舎という名の場所へ行きました。そこは商人の村から遠くもなく近すぎもせず、往来の便が良く、閑静で物音が少ない場所でした。長老はこの場所を心地よいと考え、そこに夜の坐処や昼の坐処、経行所などを造らせて安居に入りました。このように四つの場所に住んだのです。
Athekadivasaṃ tasmiṃyeva antovasse pañca vāṇijasatāni parasamuddaṃ gacchāmāti nāvāya bhaṇḍaṃ pakkhipiṃsu. Nāvārohanadivase therassa kaniṭṭhabhātā theraṃ bhojetvā therassa santike sikkhāpadāni gahetvā vanditvā gacchanto, – ‘‘bhante, mahāsamuddo nāma appameyyo anekantarāyo, amhe āvajjeyyāthā’’ti vatvā nāvaṃ āruhi. Nāvā uttamajavena gacchamānā aññataraṃ dīpakaṃ pāpuṇi. Manussā pātarāsaṃ karissāmāti dīpake otiṇṇā. Tasmiṃ dīpe aññaṃ kiñci natthi, candanavanameva ahosi.
さてある日、まさにその安居の間に、五百人の商人たちが「海の彼方へ行こう」と船に荷物を積み込みました。乗船の日に長老の弟は長老に食事を供養し、長老のもとで戒を受け、礼拝して出発しようとするとき、「尊者よ、大海原は計り知れず、多くの危険があります。どうか私たちを心に留めて(お見守り)ください」と言って船に乗り込みました。船は最高の速度で進み、とある島に到着しました。人々は朝食をとろうとして島に上陸しました。その島には他には何もなく、ただ白檀の林だけがありました。
Atheko vāsiyā rukkhaṃ ākoṭetvā lohitacandanabhāvaṃ ñatvā āha – ‘‘bho mayaṃ lābhatthāya parasamuddaṃ gacchāma, ito ca uttari lābho nāma natthi, caturaṅgulamattā ghaṭikā satasahassaṃ agghati, hāretabbakayuttaṃ bhaṇḍaṃ hāretvā candanassa pūremā’’ti. Te tathā kariṃsu. Candanavane adhivatthā amanussā kujjhitvā – ‘‘imehi amhākaṃ candanavanaṃ nāsitaṃ, ghātessāma ne’’ti cintetvā – ‘‘idheva ghātitesu sabbaṃ vanaṃ ekaṃ kuṇapaṃ bhavissati, samuddamajjhe nesaṃ nāvaṃ osīdessāmā’’ti āhaṃsu. Atha tesaṃ nāvaṃ āruyha muhuttaṃ gatakāleyeva uppādikaṃ uṭṭhapetvā sayampi te amanussā bhayānakāni rūpāni dassayiṃsu. Bhītā manussā attano attano devatā namassanti. Therassa kaniṭṭho cūḷapuṇṇakuṭumbiko – ‘‘mayhaṃ bhātā avassayo hotū’’ti therassa namassamāno aṭṭhāsi.
すると一人が斧で木を叩いてみて、それが赤栴檀であることを知り、言いました。「友よ、私たちは利得のために海の彼方へ行くのだ。これ以上の利得は存在しない。四指ほどの小さな木片でも十万の価値がある。運ぶべき商品を捨てて、栴檀で(船を)満たそう」。彼らはそのようにしました。白檀の林に住む非人(夜叉)たちは怒り、「こいつらは私たちの白檀の林を台無しにした。殺してやろう」と考え、「ここで殺せば森全体が一つの死骸の山となってしまう。海の真ん中で彼らの船を沈めてやろう」と言い合いました。そして彼らが船に乗って少し進んだ時に、怪異を引き起こし、自らも恐ろしい姿を現しました。怯えた人々は各々の神々を拝みました。長老の弟である小プンナ長者は、「わが兄が頼りとなってくださるように」と長老を礼拝し続けました。
Theropi kira tasmiṃyeva khaṇe āvajjitvā tesaṃ byasanuppattiṃ ñatvā vehāsaṃ uppatitvā sammukhe aṭṭhāsi. Amanussā theraṃ disvā ‘‘ayyo puṇṇatthero etī’’ti pakkamiṃsu, uppādikaṃ sannisīdi. Thero mā bhāyathāti te assāsetvā ‘‘kahaṃ gantukāmatthā’’ti pucchi. Bhante, amhākaṃ sakaṭṭhānameva gacchāmāti. Thero nāvaṃ phale akkamitvā ‘‘etesaṃ icchitaṭṭhānaṃ gacchatū’’ti adhiṭṭhāsi. Vāṇijā sakaṭṭhānaṃ gantvā taṃ pavattiṃ puttadārassa ārocetvā ‘‘etha theraṃ saraṇaṃ gacchāmā’’ti pañcasatā attano pañcamātugāmasatehi saddhiṃ tīsu saraṇesu patiṭṭhāya upāsakattaṃ paṭivedesuṃ. Tato nāvāya bhaṇḍaṃ otāretvā therassa ekaṃ koṭṭhāsaṃ katvā – ‘‘ayaṃ, bhante, tumhākaṃ koṭṭhāso’’ti āhaṃsu. Thero – ‘‘mayhaṃ visuṃ koṭṭhāsakiccaṃ natthi, satthā pana tumhehi diṭṭhapubbo’’ti. Na diṭṭhapubbo, bhanteti. Tena hi iminā satthu maṇḍalamāḷaṃ karotha, evaṃ satthāraṃ passissathāti. Te sādhu, bhanteti tena ca koṭṭhāsena attano ca koṭṭhāsehi maṇḍalamāḷaṃ kātuṃ ārabhiṃsu.
長老もまたまさにその瞬間に心に留め、彼らに災難が生じたことを知って、虚空に飛び立ち、彼らの面前に現れました。非人たちは長老を見て「尊者プンナ長老が来られた」と逃げ去り、怪異は収まりました。長老は「恐れるな」と彼らを安心させ、「どこへ行きたいのか」と尋ねました。「尊者よ、私たちの故郷へ帰りたいのです」。長老は船の舵を踏み、「彼らの望む場所へ行け」と決心しました。商人たちは故郷へ帰り、その出来事を妻子に告げ、「さあ、長老に帰依しよう」と、五百人の商人たちは各々の五百人の妻たちとともに三宝に帰依し、在家信者(優婆塞・優婆夷)となったことを表明しました。それから船から荷物を降ろし、長老のために一つの分け前を設けて、「尊者よ、これはあなたへの分け前です」と言いました。長老は「私には個別の分け前を必要とする用事はない。しかし、お前たちは以前に世尊にお会いしたことがあるか」と尋ねました。「尊者よ、お会いしたことはありません」。「それならば、これによって世尊のための円形堂を造りなさい。そうすれば世尊にお会いできるであろう」。彼らは「尊者よ、承知しました」と答え、その分け前と自分たちの分け前によって円形堂の建設を始めました。
Satthāpi kira āraddhakālato paṭṭhāya paribhogaṃ akāsi. Ārakkhamanussā rattiṃ obhāsaṃ disvā ‘‘mahesakkhā devatā atthī’’ti saññaṃ kariṃsu. Upāsakā maṇḍalamāḷañca bhikkhusaṅghassa ca senāsanāni niṭṭhapetvā dānasambhāraṃ sajjetvā – ‘‘kataṃ, bhante, amhehi attano kiccaṃ, satthāraṃ pakkosathā’’ti therassa ārocesuṃ. Thero sāyanhasamaye iddhiyā sāvatthiṃ patvā, ‘‘bhante, vāṇijagāmavāsino tumhe daṭṭhukāmā, tesaṃ anukampaṃ karothā’’ti bhagavantaṃ yāci. Bhagavā adhivāsesi. Thero bhagavato adhivāsanaṃ viditvā sakaṭṭhānameva paccāgato.
世尊もまた、(円形堂の建設が)着手された時から受用されました。警護の人々は夜に光明を見て「威徳ある神格がいる」と考えました。在家信者たちは円形堂と比丘僧伽のための住居を完成させ、布施の品々を整えて、「尊者よ、私たちは自らの務めを果たしました。世尊をお招きください」と長老に告げました。長老は夕方の時間に神通力で舎衛城に至り、「世尊よ、商人の村の住人たちがあなたにお会いすることを望んでいます。どうか彼らに慈悲をおかけください」と世尊に懇願しました。世尊は承諾されました。長老は世尊の承諾を知り、自らの場所へと戻りました。
Bhagavāpi ānandatheraṃ āmantesi, – ‘‘ānanda, sve sunāparante vāṇijagāme piṇḍāya carissāma, tvaṃ ekūnapañcasatānaṃ bhikkhūnaṃ salākaṃ dehī’’ti. Thero sādhu, bhanteti bhikkhusaṅghassa tamatthaṃ ārocetvā nabhacārikā bhikkhū salākaṃ gaṇhantūti āha. Taṃdivasaṃ kuṇḍadhānatthero paṭhamaṃ salākaṃ aggahesi. Vāṇijagāmavāsinopi ‘‘sve kira satthā āgamissatī’’ti gāmamajjhe maṇḍapaṃ katvā dānaggaṃ sajjayiṃsu. Bhagavā pātova sarīrapaṭijagganaṃ katvā gandhakuṭiṃ pavisitvā phalasamāpattiṃ appetvā nisīdi. Sakkassa paṇḍukambalasilāsanaṃ uṇhaṃ ahosi. So kiṃ idanti āvajjetvā satthu sunāparantagamanaṃ disvā vissakammaṃ āmantesi – ‘‘tāta ajja bhagavā timattāni yojanasatāni piṇḍācāraṃ karissati, pañca kūṭāgārasatāni māpetvā jetavanadvārakoṭṭhamatthake gamanasajjāni katvā ṭhapehī’’ti. So tathā akāsi. Bhagavato kūṭāgāraṃ catumukhaṃ ahosi, dvinnaṃ aggasāvakānaṃ dvimukhāni, sesāni ekamukhāni. Satthā gandhakuṭito nikkhamma paṭipāṭiyā ṭhapitakūṭāgāresu dhurakūṭāgāraṃ pāvisi. Dve aggasāvake ādiṃ katvā ekūnapañcabhikkhusatānipi kūṭāgāraṃ gantvā nisinnā ahesuṃ. Ekaṃ tucchakūṭāgāraṃ ahosi, pañcapi kūṭāgārasatāni ākāse uppatiṃsu.
世尊もまたアーナンダ長老に告げられました。「アーナンダよ、明日、スナパラパランタの商人の村へ托鉢に行こう。そなたは四百九十九人の比丘たちに割符を配りなさい」。長老は「尊者よ、承知しました」と比丘僧伽にその趣旨を告げ、「虚空を行く比丘たちは割符を取りなさい」と言いました。その日、クンダダーナ長老が最初に割符を取りました。商人の村の住人たちも「明日、世尊が来られるそうだ」と村の中央に天幕を張り、布施の場を整えました。世尊は早朝に身体の手入れをし、香房に入り、果定に入定して座られました。帝釈天の紅氈の石座が熱くなりました。彼は「これは何事か」と思念し、世尊のスナパラパランタへの行幸を見て、毘首羯磨(ヴィッサカンマ)に告げました。「わが友よ、今日、世尊は三百由旬ほどの托鉢の旅をされる。五百の重閣(楼閣堂)を化作し、祇園精舎の門楼の頭上に置いて出発の用意をして配置しなさい」。彼はそのようにしました。世尊の重閣は四方に開口部があり、二大筆頭弟子のものは二方に開口部があり、残りは一方に開口部がありました。世尊は香房から出て、順番に配置された重閣のうち先頭の重閣に入られました。二大弟子をはじめとする四百九十九人の比丘たちも重閣に入って座りました。一つの重閣は空のままであり、五百の重閣はすべて虚空に飛び立ちました。
Satthā saccabandhapabbataṃ nāma patvā kūṭāgāraṃ ākāse ṭhapesi. Tasmiṃ pabbate saccabandho nāma micchādiṭṭhikatāpaso mahājanaṃ micchādiṭṭhiṃ uggaṇhāpento lābhaggayasaggappatto hutvā vasati. Abbhantare cassa antocāṭiyaṃ padīpo viya arahattassa upanissayo jalati. Taṃ disvā dhammamassa kathessāmīti gantvā dhammaṃ desesi. Tāpaso desanāpariyosāne arahattaṃ pāpuṇi, maggenevāssa abhiññā āgatā. Ehibhikkhu hutvā iddhimayapattacīvaradharo hutvā kūṭāgāraṃ pāvisi.
世尊はサッチャバンダ山という山に至り、重閣を虚空に留め置かれました。その山にはサッチャバンダという名の邪見の苦行者が、多くの人々に邪見を教え込み、最高の利得と名声を得て住んでいました。しかし彼の内面には、甕の中の灯火のように阿羅漢果の素質(所依)が輝いていました。世尊はそれを見て「彼に法を説こう」と赴き、法を説かれました。苦行者は説法の終わりに阿羅漢果に達し、道とともに神通を獲得しました。彼は「来たれ、比丘(エヒ・ビク)」となって神通で作られた鉢と衣を身につけ、空いていた重閣に入りました。
Bhagavā kūṭāgāragatehi pañcahi bhikkhusatehi saddhiṃ vāṇijagāmaṃ gantvā kūṭāgārāni adissamānāni katvā vāṇijagāmaṃ pāvisi. Vāṇijā buddhappamukhassa bhikkhusaṅghassa mahādānaṃ datvā satthāraṃ makulakārāmaṃ nayiṃsu. Satthā maṇḍalamāḷaṃ pāvisi. Mahājano yāva satthā bhattadarathaṃ paṭipassambheti, tāva pātarāsaṃ katvā uposathaṅgāni samādāya bahuṃ gandhañca pupphañca ādāya dhammassavanatthāya ārāmaṃ paccāgamāsi. Satthā dhammaṃ desesi. Mahājanassa bandhanamokkho jāto, mahantaṃ buddhakolāhalaṃ ahosi.
世尊は重閣に乗った五百人の比丘たちとともに商人の村へ至り、重閣を見えなくして商人の村に入られました。商人たちは仏を筆頭とする比丘僧伽に大いなる布施をなし、世尊をマクラカーラーマへとお連れしました。世尊は円形堂に入られました。人々は世尊が食後の休息をとられている間に朝食を済ませ、布薩の戒を保ち、多くの香や花を携えて、聴法のために精舎へとやって来ました。世尊は法を説かれました。多くの人々に束縛からの解脱が生じ、仏に対する大いなる歓喜の声が響き渡りました。
Satthā mahājanassa saṅgahatthaṃ katipāhaṃ tattheva vasi, aruṇaṃ pana mahāgandhakuṭiyaṃyeva uṭṭhapesi. Tattha katipāhaṃ vasitvā vāṇijagāme piṇḍāya caritvā ‘‘tvaṃ idheva vasāhī’’ti puṇṇattheraṃ nivattetvā antare nammadānadī nāma atthi, tassā tīraṃ agamāsi. Nammadānāgarājā satthu paccuggamanaṃ katvā nāgabhavanaṃ pavesetvā tiṇṇaṃ ratanānaṃ sakkāraṃ akāsi. Satthā tassa dhammaṃ kathetvā nāgabhavanā nikkhami. So – ‘‘mayhaṃ, bhante, paricaritabbaṃ dethā’’ti yāci, bhagavā nammadānadītīre padacetiyaṃ dassesi. Taṃ vīcīsu āgatāsu pidhīyati, gatāsu vivarīyati, mahāsakkārappattaṃ ahosi. Satthā tato nikkhamma saccabandhapabbataṃ gantvā saccabandhaṃ āha – ‘‘tayā mahājano apāyamagge otārito, tvaṃ idheva vasitvā etesaṃ laddhiṃ vissajjāpetvā nibbānamagge patiṭṭhāpehī’’ti. Sopi paricaritabbaṃ yāci. Satthā ghanapiṭṭhipāsāṇe allamattikapiṇḍamhi lañchanaṃ viya padacetiyaṃ dassesi, tato jetavanameva gato. Etamatthaṃ sandhāya tenevantaravassenātiādi vuttaṃ.
世尊は多くの人々を摂受するために数日間そこに滞在されましたが、夜明けには大香房に戻られました。そこに数日滞在し、商人の村で托鉢を行ってから、「そなたはここに住みなさい」とプンナ長老を留め、途中にあるナンマダー川という名の川の岸へと赴かれました。ナンマダー竜王は世尊を出迎え、竜宮へと招き入れて三宝を供養しました。世尊は彼に法を説いて竜宮を出られました。竜王が「尊者よ、私に礼拝すべきものを授けてください」と願うと、世尊はナンマダー川の岸に足跡の祠堂(仏足跡)を示されました。それは波が押し寄せると隠れ、引くと現れるもので、大いなる供養を受けるものとなりました。世尊はそこを出てサッチャバンダ山へ行き、サッチャバンダに言いました。「そなたによって多くの人々が悪趣の道へと落とされた。そなたはここに住み、彼らの邪執を捨てさせ、涅槃の道に確立させなさい」。彼もまた礼拝すべきものを願いました。世尊は堅い平らな岩の上に、湿った粘土の塊に押した印のように足跡の祠堂を示され、そこから祇園精舎へと帰られました。この意味を指して、「まさにその安居の間に」などと説かれたのです。
Parinibbāyīti anupādisesāya nibbānadhātuyā parinibbāyi. Mahājano therassa satta divasāni sarīrapūjaṃ katvā bahūni gandhakaṭṭhāni samodhānetvā sarīraṃ jhāpetvā dhātuyo ādāya cetiyaṃ akāsi. Sambahulā bhikkhūti therassa āḷāhane ṭhitabhikkhū. Sesaṃ sabbattha uttānamevāti.
「完全な涅槃に入った(般涅槃した)」とは、無余涅槃界によって般涅槃したということです。多くの人々は長老のために七日間にわたり遺体供養を行い、多くの香木を積み上げて遺体を火葬し、遺骨を収めて仏塔(祠堂)を建てました。「多くの比丘たち」とは、長老の火葬場にいた比丘たちのことです。残りはすべての箇所で明白です。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
マッジマ・ニカーヤ注釈書『パパンチャ・スーダニー』において
Puṇṇovādasuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
『プンナ教誡経(教プンナ経)注釈』終わり。
4. Nandakovādasuttavaṇṇanā
4. ナンダカ教誡経(教ナンダカ経)注釈
398. Evaṃ me sutanti nandakovādasuttaṃ. Tattha tena kho pana samayenāti bhagavā mahāpajāpatiyā yācito bhikkhunisaṅghaṃ uyyojetvā bhikkhusaṅghaṃ sannipātetvā – ‘‘therā bhikkhū vārena bhikkhuniyo ovadantū’’ti saṅghassa bhāraṃ akāsi. Taṃ sandhāyetaṃ vuttaṃ. Tattha pariyāyenāti vārena. Na icchatīti attano vāre sampatte dūraṃ gāmaṃ vā gantvā sūcikammādīni vā ārabhitvā ‘‘ayaṃ nāmassa papañco’’ti vadāpesi. Imaṃ pana pariyāyena ovādaṃ bhagavā nandakattherasseva kāraṇā akāsi. Kasmā? Imāsañhi bhikkhunīnaṃ theraṃ disvā cittaṃ ekaggaṃ hoti pasīdati. Tena tā tassa ovādaṃ sampaṭicchitukāmā, dhammakathaṃ sotukāmā. Tasmā bhagavā – ‘‘nandako attano vāre sampatte ovādaṃ dassati, dhammakathaṃ kathessatī’’ti vārena ovādaṃ akāsi. Thero pana attano vāraṃ na karoti, kasmāti ce? Tā kira bhikkhuniyo pubbe therassa jambudīpe rajjaṃ kārentassa orodhā ahesuṃ. Thero pubbenivāsañāṇena taṃ kāraṇaṃ ñatvā cintesi – ‘‘maṃ imassa bhikkhunisaṅghassa majjhe nisinnaṃ upamāyo ca kāraṇāni ca āharitvā dhammaṃ kathayamānaṃ disvā añño pubbenivāsañāṇalābhī bhikkhu imaṃ kāraṇaṃ oloketvā ‘āyasmā nandako yāvajjadivasā orodhe na vissajjeti, sobhatāyamāyasmā orodhaparivuto’ti vattabbaṃ maññeyyā’’ti. Etamatthaṃ sampassamāno thero attano vāraṃ na karoti. Imāsañca kira bhikkhunīnaṃ therasseva desanā sappāyā bhavissatīti ñatvā atha kho bhagavā āyasmantaṃ nandakaṃ āmantesi.
398. 「このように私は聞きました」で始まるのが『ナンダカ教誡経』です。そこでの「その時、実に」とは、世尊が大波闍波提(マハーパジャーパティー)から懇願され、比丘尼僧伽を見送った後、比丘僧伽を集めて「長老比丘たちが交代で比丘尼たちを教誡せよ」と僧伽に責任を委ねられたことです。そのことを指してこのように説かれました。そこでの「順序によって」とは「交代で」という意味です。「望まない」とは、自分の順番が回ってくると遠くの村へ行ったり、針仕事などを始めたりして、「これがあの人の言い訳(遅滞)だ」と人に言わせていたことです。しかし、世尊はこの交代制の教誡をナンダカ長老のためだけに設けられました。なぜでしょうか。実にこれらの比丘尼たちは、長老を見ると心が専注となり、澄み渡るからです。それゆえ彼女たちは長老の教誡を受け入れることを望み、法話を聴くことを望んでいました。それゆえ世尊は「ナンダカは自分の順番が回ってくれば教誡を与え、法話を説くだろう」と考えて交代による教誡を定められたのです。しかし長老は自分の順番を果たそうとしませんでした。なぜかというと、彼女たち比丘尼は前世において、長老が閻浮提で王統を治めていた時の後宮の女性たちであったからです。長老は宿命通によってその経緯を知り、こう考えたのです。「この比丘尼僧伽の真ん中に座り、譬えや理由を挙げて法を説いている私を見て、他の宿命通を得た比丘がこの事情を見て『ナンダカ尊者は今日に至ってもなお後宮の女たちを手放さない。この尊者は後宮の女たちに囲まれて輝いているぞ』と非難すべきことと思うかもしれない」。長老はこの意味を観察して、自らの順番を果たさなかったのです。そしてこれらの比丘尼たちにはまさに長老の説法こそが相応しいと知って、そこで世尊は尊者ナンダカに呼びかけられました。
Tāsaṃ bhikkhunīnaṃ pubbe tassa orodhabhāvajānanatthaṃ idaṃ vatthuṃ – pubbe kira bārāṇasiyaṃ pañca dāsasatāni pañca dāsisatāni cāti jaṅghasahassaṃ ekatova kammaṃ katvā ekasmiṃ ṭhāne vasi. Ayaṃ nandakatthero tasmiṃ kāle jeṭṭhakadāso hoti, gotamī jeṭṭhakadāsī. Sā jeṭṭhakadāsassa pādaparicārikā ahosi paṇḍitā byattā. Jaṅghasahassampi puññakammaṃ karontaṃ ekato karoti. Atha vassūpanāyikasamaye pañca paccekabuddhā nandamūlakapabbhārato isipatane otaritvā nagare piṇḍāya caritvā isipatanameva gantvā – ‘‘vassūpanāyikakuṭiyā atthāya hatthakammaṃ yācissāmā’’ti cīvaraṃ pārupitvā sāyanhasamaye nagaraṃ pavisitvā seṭṭhissa gharadvāre aṭṭhaṃsu. Jeṭṭhakadāsī kuṭaṃ gahetvā udakatitthaṃ gacchantī paccekabuddhe nagaraṃ pavisante addasa. Seṭṭhi tesaṃ āgatakāraṇaṃ sutvā ‘‘amhākaṃ okāso natthi, gacchantū’’ti āha.
これらの比丘尼たちがかつて彼の後宮の女性たちであったことを知るための物語がこれです。昔、波羅奈(バーラーナシー)において、五百人の男奴隷と五百人の女奴隷という千人の従者たちが一緒に働き、一箇所に住んでいました。このナンダカ長老はその時、奴隷の頭領であり、ゴータミーは女奴隷の頭領でした。彼女は奴隷の頭領の妻であり、賢明で有能でした。千人の従者たちも善行をなす時は共に行いました。ある時、雨安居に入る時期に、五人の僻支仏(独覚)がナンダムーラカの山の洞窟から鹿野苑(イシパタナ)に降りてきて、城中で托鉢を行い、再び鹿野苑に行って「雨安居の庵のために労力奉仕を願おう」と衣をまとい、夕方に城中に入って長者の家の門前に立ちました。女奴隷の頭領が水瓶を持って水場へ行く途中、僻支仏たちが城中に入るのを見ました。長者は彼らがやって来た理由を聞いて「私どもには暇がありません。お行きください」と言いました。
Atha te nagarā nikkhamante jeṭṭhakadāsī kuṭaṃ gahetvā pavisantī disvā kuṭaṃ otāretvā vanditvā onamitvā mukhaṃ pidhāya – ‘‘ayyā nagaraṃ paviṭṭhamattāva nikkhantā, kiṃ nu kho’’ti pucchi. Vassūpanāyikakuṭiyā hatthakammaṃ yācituṃ āgamimhāti. Laddhaṃ, bhanteti. Na laddhaṃ upāsiketi? Kiṃ panesā kuṭi issareheva kātabbā, duggatehipi sakkā kātunti. Yena kenaci sakkāti? Sādhu, bhante, mayaṃ karissāma. Sve mayhaṃ bhikkhaṃ gaṇhathāti nimantetvā udakaṃ netvā puna kuṭaṃ gahetvā āgamma titthamagge ṭhatvā āgatā avasesadāsiyo ‘‘ettheva hothā’’ti vatvā sabbāsaṃ āgatakāle āha – ‘‘amma kiṃ niccameva parassa dāsakammaṃ karissatha, udāhu dāsabhāvato muccituṃ icchathā’’ti? Ajjeva muccitumicchāma ayyeti. Yadi evaṃ mayā pañca paccekabuddhā hatthakammaṃ alabhantā svātanāya nimantitā, tumhākaṃ sāmikehi ekadivasaṃ hatthakammaṃ dāpethāti. Tā sādhūti sampaṭicchitvā sāyaṃ aṭavito āgatakāle sāmikānaṃ ārocesuṃ. Te sādhūti jeṭṭhakadāsassa gehadvāre sannipatiṃsu.
そして彼らが城中を出ていく時、水瓶を持って戻ってきた女奴隷の頭領はそれを見て、水瓶を降ろして礼拝し、身を屈めて口を覆い、「尊者たちよ、城中に入ったばかりなのにもう出られるのですか。一体どうされたのですか」と尋ねました。「雨安居の庵のための労力奉仕を願いに来たのだ」。「得られましたか、尊者よ」。「得られなかったのだ、在家信徒よ」。「それでは、その庵は富貴な者たちだけが造るべきもので、貧しい者たちには造ることができないのでしょうか」。「誰にでも造ることができるのだ」。「尊者よ、結構でございます。私たちが造りましょう。明日、私どもの托鉢の施しをお受けください」と招待し、水を運んで再び水瓶を持ってやって来て水場への道に立ち、やって来る残りの女奴隷たちに「ここにいなさい」と言い、全員が集まった時に言いました。「皆さん、いつまでも他人の奴隷の仕事をし続けるのですか、それとも奴隷の境遇から解き放たれたいですか」。「尊母よ、今日にでも解き放たれたいです」。「もしそうなら、私が、労力奉仕を得られなかった五人の僻支仏たちを明日のために招待しました。あなたたちの夫たちに一日の労力奉仕を提供させなさい」。彼女たちは「承知しました」と受け入れ、夕方に森から帰ってきた夫たちに告げました。彼らも「承知した」と奴隷の頭領の家の門前に集まりました。
Atha ne jeṭṭhakadāsī sve tātā paccekabuddhānaṃ hatthakammaṃ dethāti ānisaṃsaṃ ācikkhitvā yepi na kātukāmā, te gāḷhena ovādena tajjetvā paṭicchāpesi. Sā punadivase paccekabuddhānaṃ bhattaṃ datvā sabbesaṃ dāsaputtānaṃ saññaṃ adāsi. Te tāvadeva araññaṃ pavisitvā dabbasambhāre samodhānetvā sataṃ sataṃ hutvā ekekakuṭiṃ ekekacaṅkamanādiparivāraṃ katvā mañcapīṭhapānīyaparibhojanīyabhājanādīni ṭhapetvā paccekabuddhe temāsaṃ tattha vasanatthāya paṭiññaṃ kāretvā vārabhikkhaṃ paṭṭhapesuṃ. Yo attano vāradivase na sakkoti. Tassa jeṭṭhakadāsī sakagehato āharitvā deti. Evaṃ temāsaṃ jaggitvā jeṭṭhakadāsī ekekaṃ dāsaṃ ekekaṃ sāṭakaṃ vissajjāpesi. Pañca thūlasāṭakasatāni ahesuṃ. Tāni parivattāpetvā pañcannaṃ paccekabuddhānaṃ ticīvarāni katvā adāsi. Paccekabuddhā yathāphāsukaṃ agamaṃsu. Tampi jaṅghasahassaṃ ekato kusalaṃ katvā kāyassa bhedā devaloke nibbatti. Tāni pañca mātugāmasatāni kālena kālaṃ tesaṃ pañcannaṃ purisasatānaṃ gehe honti, kālena kālaṃ sabbāpi jeṭṭhakadāsaputtasseva gehe honti. Atha ekasmiṃ kāle jeṭṭhakadāsaputto devalokato cavitvā rājakule nibbatto. Tāpi pañcasatā devakaññā mahābhogakulesu nibbattitvā tassa rajje ṭhitassa gehaṃ agamaṃsu. Etena niyāmena saṃsarantiyo amhākaṃ bhagavato kāle koliyanagare devadahanagare ca khattiyakulesu nibbattā.
そこで女奴隷の頭領は彼らに「皆さん、明日は僻支仏たちに労力奉仕を捧げなさい」とその功徳を説き明かし、やりたがらない者たちも厳しい訓戒によって叱責して承諾させました。彼女は翌日、僻支仏たちに食事を供養し、すべての奴隷たちに合図を送りました。彼らはすぐに森に入って建築資材を集め、百人ずつに分かれて一棟ずつの庵と、経行所などの付属施設をそれぞれ造り、寝台や腰掛け、飲料水や生活用水の容器などを配置して、僻支仏たちに三ヶ月間そこに滞在する約束を取り付け、交代で托鉢の供養を始めました。自分の当番の日に供養できない者がいれば、女奴隷の頭領が自分の家から運んで与えました。このように三ヶ月間世話をして、女奴隷の頭領は奴隷一人一人に一枚ずつの布を布施させました。五百枚の粗布が集まりました。それらを仕立て直して五人の僻支仏たちに三衣を作って施しました。僻支仏たちは満足して去っていきました。その千人の従者たちも共に善行をなして、身体の崩壊後(死後)、天界に生まれました。その五百人の女性たちは、ある時はその五百人の男たちの家(妻)となり、ある時は全員が奴隷の頭領の息子の家の妻となりました。そしてある時、奴隷の頭領の息子は天界から没して王家に生まれました。その五百人の天女たちも大富豪の家に生まれ、彼が王位についた時にその宮殿に入りました。このような順序で輪廻し、私たちの世尊の時代に拘利(コリヤ)城と天臂(デーヴァダハ)城の刹帝利(王族)の家に生まれました。
Nandakattheropi pabbajitvā arahattaṃ patto, jeṭṭhakadāsidhītā vayaṃ āgamma suddhodanamahārājassa aggamahesiṭṭhāne ṭhitā, itarāpi tesaṃ tesaṃ rājaputtānaṃyeva gharaṃ gatā. Tāsaṃ sāmikā pañcasatā rājakumārā udakacumbaṭakalahe satthu dhammadesanaṃ sutvā pabbajitā, rājadhītaro tesaṃ ukkaṇṭhanatthaṃ sāsanaṃ pesesuṃ. Te ukkaṇṭhite bhagavā kuṇāladahaṃ netvā sotāpattiphale patiṭṭhapetvā mahāsamayadivase arahatte patiṭṭhāpesi. Tāpi pañcasatā rājadhītaro nikkhamitvā mahāpajāpatiyā santike pabbajiṃsu. Ayamāyasmā nandako ettāva tā bhikkhuniyoti evametaṃ vatthu dīpetabbaṃ.
ナンダカ長老も出家して阿羅漢果に達し、女奴隷の頭領であった娘は成長して浄飯大王(スッドーダナ)の第一王妃の地位につきました。他の女性たちもそれぞれの王子たちの妻となりました。彼女たちの夫である五百人の王子たちは水汲み籠の争いにおいて世尊の説法を聞いて出家し、王女たちは彼らに還俗を促すため知らせを送りました。彼らが憂い悩んだ時、世尊は彼らをクナーラ湖へ連れて行って預流果に確立させ、大集会の日に阿羅漢果に確立させました。その五百人の王女たちも出家して大波闍波提のもとで出家しました。この尊者ナンダカと、それらの比丘尼たちとはこのような関係であると、このようにこの物語を解き明かすべきです。
Rājakārāmoti pasenadinā kārito nagarassa dakkhiṇadisābhāge thūpārāmasadise ṭhāne vihāro.
「王園精舎」とは、波斯匿(パセーナディ)王によって造られた、城の南側にある、トゥーパーラーマに似た場所にある精舎です。
399. Sammappaññāya sudiṭṭhanti hetunā kāraṇena vipassanāpaññāya yāthāvasarasato diṭṭhaṃ.
399. 「正しい智慧によって正しく見られた」とは、因と縁によって、ヴィパッサナーの智慧により、あるがままの本性に従って見られたということです。
401. Tajjaṃ tajjanti taṃsabhāvaṃ taṃsabhāvaṃ, atthato pana taṃ taṃ paccayaṃ paṭicca tā tā vedanā uppajjantīti vuttaṃ hoti.
401. 「それぞれの」とは、そのそれぞれの性質のもの、意味としてはそれぞれの縁に依ってそれぞれの受が生じる、と説かれていることになります。
402. Pagevassa chāyāti mūlādīni nissāya nibbattā chāyā paṭhamataraṃyeva aniccā.
402. 「その影はなおさらのこと」とは、根などに依って生じた影は、それらよりもさらに真っ先に無常であるということです。
413. Anupahaccāti anupahanitvā. Tattha maṃsaṃ piṇḍaṃ piṇḍaṃ katvā cammaṃ alliyāpento maṃsakāyaṃ upahanati nāma. Cammaṃ baddhaṃ baddhaṃ katvā maṃse alliyāpento maṃsakāyaṃ upahanati nāma. Evaṃ akatvā. Vilimaṃsaṃ nhārubandhananti sabbacamme laggavilīpanamaṃsameva. Antarākilesasaṃyojanabandhananti sabbaṃ antarakilesameva sandhāya vuttaṃ.
413. 「傷つけることなく」とは、損なうことなく。そこにおいて、肉を塊ごとに切り取って皮に付着させるなら、肉身を損なうことになります。皮を細かく切り取って肉に付着させるなら、肉身を損なうことになります。そのようにすることなく。「肉片や腱の結合」とは、すべての皮に付着している薄い肉片のことです。「内なる煩悩の結びつきという結合」とは、すべて内なる煩悩そのものを指して説かれています。
414. Satta kho panimeti kasmā āhāti? Yā hi esā paññā kilese chindatīti vuttā, sā na ekikāva attano dhammatāya chindituṃ sakkoti. Yathā pana kuṭhārī na attano dhammatāya chejjaṃ chindati, purisassa tajjaṃ vāyāmaṃ paṭicceva chindati, evaṃ na vinā chahi bojjhaṅgehi paññā kilese chindituṃ sakkoti. Tasmā evamāha. Tena hīti yena kāraṇena tayā cha ajjhattikāni āyatanāni, cha bāhirāni, cha viññāṇakāye, dīpopamaṃ, rukkhopamaṃ, gāvūpamañca dassetvā sattahi bojjhaṅgehi āsavakkhayena desanā niṭṭhapitā, tena kāraṇena tvaṃ svepi tā bhikkhuniyo teneva ovādena ovadeyyāsīti.
414. 「実にこれら七つの」と、なぜ説かれたのでしょうか。煩悩を断つと言われるこの智慧は、単独でそれ自体の本性によって断つことができるわけではないからです。あたかも斧がそれ自体の本性によって切断すべきものを切断するのではなく、人の相応の努力に依ってのみ切断するように、そのように六つの覚支なしには智慧は煩悩を断つことができません。それゆえこのように説かれたのです。「それならば」とは、あなたによって六つの内なる処、六つの外なる処、六つの識身、灯火の譬え、樹木の譬え、雌牛の譬えが示され、七つの覚支によって煩悩の滅尽をもって説法が完了したのであるから、その理由によって、明日もまたあなたはその教誡によってかの比丘尼たちを教誡せよ、ということです。
415. Sā sotāpannāti yā sā guṇehi sabbapacchimikā, sā sotāpannā. Sesā pana sakadāgāmianāgāminiyo ca khīṇāsavā ca. Yadi evaṃ kathaṃ paripuṇṇasaṅkappāti. Ajjhāsayapāripūriyā. Yassā hi bhikkhuniyā evamahosi – ‘‘kadā nu kho ahaṃ ayyassa nandakassa dhammadesanaṃ suṇantī tasmiṃyeva āsane sotāpattiphalaṃ sacchikareyya’’nti, sā sotāpattiphalaṃ sacchākāsi. Yassā ahosi ‘‘sakadāgāmiphalaṃ anāgāmiphalaṃ arahatta’’nti, sā arahattaṃ sacchākāsi. Tenāha bhagavā ‘‘attamanā ceva paripuṇṇasaṅkappā cā’’ti.
415. 「かの預流者」とは、功徳において最も最後に位置する者が預流者であるということです。残りの者たちは一来者、不還者、そして漏尽者(阿羅漢)たちでした。もしそうであるなら、なぜ「望みを満たした」と言われるのでしょうか。志向が満たされたことによります。実に、「いつの日か私はナンダカ尊者の説法を聞きながら、まさにその座において預流果を証得したい」と思っていた比丘尼は、預流果を証得しました。「一来果を、不還果を、阿羅漢果を」と思っていた者は、阿羅漢果を証得しました。それゆえ世尊は「満足し、かつ望みを満たした」と説かれたのです。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
マッジマ・ニカーヤ注釈書『パパンチャ・スーダニー』において
Nandakovādasuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
『ナンダカ教誡経注釈』終わり。
5. Rāhulovādasuttavaṇṇanā
5. ラーフラ教誡経(教ラーフラ大経)注釈
416. Evaṃ me sutanti rāhulovādasuttaṃ. Tattha vimuttiparipācanīyāti vimuttiṃ paripācentīti vimuttiparipācanīyā. Dhammāti pannarasa dhammā. Te saddhindriyādīnaṃ visuddhikāraṇavasena veditabbā. Vuttañhetaṃ –
416. 「このように私は聞きました」で始まるのが『ラーフラ教誡経』です。そこでの「解脱を成熟させる」とは、解脱を成熟せしめるがゆえに「解脱を成熟させる」と言います。「法」とは、十五の法のことです。それらは信根などの清浄の原因として知られるべきです。実にこのように説かれています――
‘‘Assaddhe puggale parivajjayato, saddhe puggale sevato bhajato payirupāsato pasādanīye suttante paccavekkhato imehi tīhākārehi saddhindriyaṃ visujjhati. Kusīte puggale parivajjayato āraddhavīriye puggale sevato bhajato payirupāsato sammappadhāne paccavekkhato imehi tīhākārehi vīriyindriyaṃ visujjhati. Muṭṭhassatī puggale parivajjayato upaṭṭhitassatī puggale sevato bhajato payirupāsato satipaṭṭhāne paccavekkhato imehi tīhākārehi satindriyaṃ visujjhati. Asamāhite puggale parivajjayato samāhite puggale sevato bhajato payirupāsato jhānavimokkhe paccavekkhato imehi tīhākārehi samādhindriyaṃ visujjhati. Duppaññe puggale parivajjayato paññavante puggale sevato bhajato payirupāsato gambhīrañāṇacariyaṃ paccavekkhato imehi tīhākārehi paññindriyaṃ visujjhati. Iti ime pañca puggale parivajjayato pañca puggale sevato bhajato payirupāsato pañca suttantakkhandhe paccavekkhato imehi pannarasahi ākārehi imāni pañcindriyāni visujjhantī’’ti (paṭi. ma. 1.185).
「不信心な人を避け、信心ある人に親しみ仕え敬い、信楽を起こさせる経典を省察する――これら三つの様相によって信根は清浄になる。怠惰な人を避け、精進を発した人に親しみ仕え敬い、正しい努力(正勤)を省察する――これら三つの様相によって精進根は清浄になる。正念を忘れた人を避け、正念を確立した人に親しみ仕え敬い、念処を省察する――これら三つの様相によって念根は清浄になる。心が乱れた人を避け、心が定まった人に親しみ仕え敬い、禅定と解脱を省察する――これら三つの様相によって定根は清浄になる。悪慧の人を避け、智慧ある人に親しみ仕え敬い、深遠な智慧の行相を省察する――これら三つの様相によって慧根は清浄になる。このように、これら五種の人を避け、五種の人に親しみ仕え敬い、五つの経典の蘊を省察する――これら十五の様相によって、これら五根は清浄になる」(『無礙解道』1.185)と。
Aparepi pannarasa dhammā vimuttiparipācanīyā – saddhādīni pañcimāni indriyāni, aniccasaññā, anicce dukkhasaññā, dukkhe anattasaññā, pahānasaññā, virāgasaññāti, imā pañca nibbedhabhāgiyā saññā, meghiyattherassa kathitā kalyāṇamittatādayo pañcadhammāti. Kāya pana velāya bhagavato etadahosīti. Paccūsasamaye lokaṃ volokentassa.
さらに別の十五の解脱を成熟させる法もあります。すなわち、信などのこれら五根、無常想、無常における苦想、苦における無我想、断想、離貧想というこれら五つの決択分(洞察)に属する想、そしてメーギヤ長老に説かれた善友性などの五法です。世尊にこの思いが生じたのはいかなる時だったでしょうか。夜明けの時に世界を観察されていた時です。
419. Anekānaṃ devatāsahassānanti āyasmatā rāhulena padumuttarassa bhagavato pādamūle pālitanāgarājakāle patthanaṃ paṭṭhapentena saddhiṃ patthanaṃ paṭṭhapitadevatāyeva. Tāsu pana kāci bhūmaṭṭhakā devatā, kāci antalikkhakā, kāci cātumahārājikā, kāci devaloke, kāci brahmaloke nibbattā. Imasmiṃ pana divase sabbā ekaṭṭhāne andhavanasmiṃyeva sannipatitā. Dhammacakkhunti upāliovāda- (ma. ni. 2.69) dīghanakhasuttesu (ma. ni. 2.206) paṭhamamaggo dhammacakkhunti vutto, brahmāyusutte (ma. ni. 2.395) tīṇi phalāni, imasmiṃ sutte cattāro maggā, cattāri ca phalāni dhammacakkhunti veditabbāni. Tattha hi kāci devatā sotāpannā ahesuṃ, kāci sakadāgāmī, anāgāmī, khīṇāsavā. Tāsañca pana devatānaṃ ettakāti gaṇanavasena paricchedo natthi. Sesaṃ sabbattha uttānamevāti.
419. 「多くの幾千もの神々」とは、ラーフラ尊者がパドゥムッタラ世尊の御足のもとでパーリタ竜王であった時に誓願を立てた際、ともに誓願を立てた神々のことです。その神々のうち、ある者は地居の神、ある者は空居の神、ある者は四大王衆天、ある者は天界、ある者は梵天界に生まれていました。しかしこの日、すべての神々が一つの場所、まさに盲目者の森(アンダヴァナ)に集まったのです。「法眼」とは、『優波離教誡経』や『長爪経』においては初道(預流道)が法眼と説かれ、『梵摩経』においては三つの果が法眼と説かれていますが、この経においては四つの道と四つの果が法眼であると知られるべきです。そこにおいて、ある神々は預流者となり、ある神々は一来者、不還者、漏尽者となったからです。そしてそれらの神々には「これだけ」という数による限界はありません。残りはすべての箇所で明白です。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
マッジマ・ニカーヤ注釈書『パパンチャ・スーダニー』において
Rāhulovādasuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
『ラーフラ教誡経注釈』終わり。
6. Chachakkasuttavaṇṇanā
6. 六六経注釈
420. Evaṃ me sutanti chachakkasuttaṃ. Tattha ādikalyāṇantiādimhi kalyāṇaṃ bhaddakaṃ niddosaṃ katvā desessāmi. Majjhapariyosānesupi eseva nayo. Iti bhagavā ariyavaṃsaṃ navahi, mahāsatipaṭṭhānaṃ sattahi, mahāassapuraṃ sattahiyeva padehi thomesi. Idaṃ pana suttaṃ navahi padehi thomesi.
420. 「このように私は聞きました」で始まるのが『六六経』です。そこでの「初めも善く」とは、初めにおいて善く、麗しく、過ちのないものとして説致しよう、ということです。中間と終わりにおいても同様です。このように世尊は『聖種経』を九つの言葉で、『大念処経』を七つの言葉で、『大馬邑経』をまさに七つの言葉で称賛されました。しかしこの経については九つの言葉で称賛されたのです。
Veditabbānīti sahavipassanena maggena jānitabbāni. Manāyatanena tebhūmakacittameva kathitaṃ, dhammāyatanena bahiddhā tebhūmakadhammā ca, manoviññāṇena ṭhapetvā dve pañcaviññāṇāni sesaṃ bāvīsatividhaṃ lokiyavipākacittaṃ. Phassavedanā yathāvuttavipākaviññāṇasampayuttāva. Taṇhāti vipākavedanāpaccayā javanakkhaṇe uppannataṇhā.
「知られるべきである」とは、ヴィパッサナーを伴う道によって知られるべきである、ということです。意処によって三界の心そのものが説かれ、法処によって外なる三界の法が説かれ、意識によって二組の五識を除いた残りの二十二種の世間的な異熟心が説かれています。触と受は、前述の異熟識と相応したものです。「愛」とは、異熟受を縁として速行の瞬間に生じる渇愛のことです。
422. Cakkhu attāti pāṭiyekko anusandhi. Heṭṭhā kathitānañhi dvinnaṃ saccānaṃ anattabhāvadassanatthaṃ ayaṃ desanā āraddhā. Tattha na upapajjatīti na yujjati. Vetīti vigacchati nirujjhati.
422. 「眼は我である」とは、個別の接続部です。下に説かれた二つの真理(苦・集)が無我であることを示すために、この教説が始められたのです。そこでの「成り立たない」とは、妥当ではないということです。「消滅する」とは、去り、滅するということです。
424. Ayaṃ kho pana, bhikkhaveti ayampi pāṭiyekko anusandhi. Ayañhi desanā tiṇṇaṃ gāhānaṃ vasena vaṭṭaṃ dassetuṃ āraddhā. Dukkhaṃ samudayoti dvinnaṃ saccānaṃ vasena vaṭṭaṃ dassetuntipi vadantiyeva. Etaṃ mamātiādīsu taṇhāmānadiṭṭhigāhāva veditabbā. Samanupassatīti gāhattayavasena passati.
424. 「比丘たちよ、実にこれは」とは、これもまた個別の接続部です。実にこの教説は三つの執着によって輪廻(流転)を示すために始められたのです。「苦と集」という二つの真理によって輪廻を示すためである、とも言われます。「これは私のものである」などにおいては、渇愛・慢・邪見の執着として知られるべきです。「観察する」とは、三つの執着によって見るということです。
Evaṃ vaṭṭaṃ dassetvā idāni tiṇṇaṃ gāhānaṃ paṭipakkhavasena, nirodho maggoti imesaṃ vā dvinnaṃ saccānaṃ vasena vivaṭṭaṃ dassetuṃ ayaṃ kho panātiādimāha. Netaṃ mamātiādīni taṇhādīnaṃ paṭisedhavacanāni. Samanupassatīti aniccaṃ dukkhamanattāti passati.
このように輪廻を示して、今や三つの執着の反対の立場によって、あるいは「滅と道」というこれら二つの真理によって還滅を示すために、「実にこれは」などと説かれました。「これは私のものではない」などは、渇愛などを否定する言葉です。「観察する」とは、無常・苦・無我であると見ることです。
425. Evaṃ vivaṭṭaṃ dassetvā idāni tiṇṇaṃ anusayānaṃ vasena puna vaṭṭaṃ dassetuṃ cakkhuñca, bhikkhavetiādimāha. Tattha abhinandatītiādīni taṇhādiṭṭhivaseneva vuttāni. Anusetīti appahīno hoti. Dukkhassāti vaṭṭadukkhakilesadukkhassa.
425. このように還滅を示して、今や三つの随眠によって再び輪廻を示すために、「比丘たちよ、眼と」などと説かれました。そこでの「歓喜する」などは、渇愛と邪見によってのみ説かれています。「随眠する」とは、断たれていないということです。「苦の」とは、輪廻の苦・煩悩の苦のことです。
426. Evaṃ tiṇṇaṃ anusayānaṃ vasena vaṭṭaṃ kathetvā idāni tesaṃ paṭikkhepavasena vivaṭṭaṃ dassento puna cakkhuñcātiādimāha. Avijjaṃ pahāyāti vaṭṭamūlikaṃ avijjaṃ pajahitvā. Vijjanti arahattamaggavijjaṃ uppādetvā.
426. このように三つの随眠によって輪廻を語り、今やそれらを斥けることによって還滅を示すために、再び「眼と」などと説かれました。「無明を捨てて」とは、輪廻の根本である無明を捨てて、ということです。「明知を」とは、阿羅漢道智の明知を生じさせて、ということです。
427. Ṭhānametaṃ vijjatīti ettakeneva kathāmaggena vaṭṭavivaṭṭavasena desanaṃ matthakaṃ pāpetvā puna tadeva sampiṇḍetvā dassento evaṃ passaṃ, bhikkhavetiādimāha. Saṭṭhimattānaṃ bhikkhūnanti ettha anacchariyametaṃ, yaṃ sayameva tathāgate desente saṭṭhi bhikkhū arahattaṃ pattā. Imañhi suttaṃ dhammasenāpatimhi kathentepi saṭṭhi bhikkhū arahattaṃ pattā, mahāmoggallāne kathentepi, asītimahātheresu kathentesupi pattā eva. Etampi anacchariyaṃ. Mahābhiññappattā hi te sāvakā.
427. 「この道理がある」とは、これだけの説法の道によって輪廻と還滅の次第で教説を頂点に到達させ、再びそれを総括して示すために、「比丘たちよ、このように見て」などと説かれました。「約六十人の比丘たちが」とは、ここで如来ご自身が説法された時に六十人の比丘が阿羅漢果に達したことは、驚くべきことではありません。実にこの経は、法将(サーリプッタ)が説いた時にも六十人の比丘が阿羅漢果に達し、大目犍連(マハーモッガッラーナ)が説いた時にも、八十人の大長老たちが説いた時にも(それぞれ六十人が)達したからです。これもまた驚くべきことではありません。実にそれらの弟子たちは大神通に達していたからです。
Aparabhāge pana tambapaṇṇidīpe māleyyadevatthero nāma heṭṭhā lohapāsāde idaṃ suttaṃ kathesi. Tadāpi saṭṭhi bhikkhū arahattaṃ pattā. Yathā ca lohapāsāde, evaṃ thero mahāmaṇḍapepi idaṃ suttaṃ kathesi. Mahāvihārā nikkhamitvā cetiyapabbataṃ gato, tatthāpi kathesi. Tato sākiyavaṃsavihāre, kūṭālivihāre, antarasobbhe, muttaṅgaṇe, vātakapabbate, pācinagharake, dīghavāpiyaṃ, lokandare, nomaṇḍalatale kathesi. Tesupi ṭhānesu saṭṭhi saṭṭhi bhikkhū arahattaṃ pattā. Tato nikkhamitvā pana thero cittalapabbataṃ gato. Tadā ca cittalapabbatavihāre atirekasaṭṭhivasso mahāthero, pokkharaṇiyaṃ kuruvakatitthaṃ nāma paṭicchannaṭṭhānaṃ atthi, tattha thero nhāyissāmīti otiṇṇo. Devatthero tassa santikaṃ gantvā nhāpemi, bhanteti āha. Thero paṭisanthāreneva – ‘‘māleyyadevo nāma atthīti vadanti, so ayaṃ bhavissatī’’ti ñatvā tvaṃ devoti āha. Āma, bhanteti. Saṭṭhivassaddhānaṃ me, āvuso, koci sarīraṃ hatthena phusituṃ nāma na labhi, tvaṃ pana nhāpehīti uttaritvā tīre nisīdi.
しかし後世において、銅鍱島(スリランカ)でマーレイヤデーヴァ長老という方が、階下の青銅宮殿(ローハパーサーダ)でこの経を説かれました。その時にも六十人の比丘が阿羅漢果に達しました。そして青銅宮殿におけるのと同様に、長老は大円堂(マハーマンダパ)でもこの経を説かれました。大精舎(マハーヴィハーラ)を出てチェティヤパッバタへ行き、そこでも説かれました。それからシャーキャヴァンサ精舎、クーターリ精舎、アンタラソッバ、ムッタンガナ、ヴァータカパッバタ、パーチナガラカ、ディーガヴァーピ、ローカンダラ、ノーマンダラタラで説かれました。それらの場所でもそれぞれ六十人ずつの比丘が阿羅漢果に達しました。そこを出て長老はチッタラパッバタへ行きました。その時チッタラパッバタ精舎には、法臘六十を越える大長老がおり、池のクルヴァカティッタという隠れた場所があり、そこで長老は「湯浴みをしよう」と降りて行きました。デーヴァ長老は彼のもとへ行き、「尊者よ、お背中をお流ししましょうか」と言いました。長老は挨拶を交わすだけで、「マーレイヤデーヴァという方がいると聞いているが、この人であろう」と察し、「そなたがデーヴァか」と言いました。「はい、尊者よ」。「友よ、私の六十年の法臘の間、誰一人として私の身体に手で触れる機会を得た者はいなかった。しかしそなたがお流しなさい」と言って上がり、岸に座りました。
Thero sabbampi hatthapādādiparikammaṃ katvā mahātheraṃ nhāpesi. Taṃ divasañca dhammassavanadivaso hoti. Atha mahāthero – ‘‘deva amhākaṃ dhammadānaṃ dātuṃ vaṭṭatī’’ti āha. Thero sādhu, bhanteti sampaṭicchi. Atthaṅgate sūriye dhammassavanaṃ ghosesuṃ. Atikkantasaṭṭhivassāva saṭṭhi mahātherā dhammassavanatthaṃ agamaṃsu. Devatthero sarabhāṇāvasāne imaṃ suttaṃ ārabhi, suttantapariyosāne ca saṭṭhi mahātherā arahattaṃ pāpuṇiṃsu. Tato tissamahāvihāraṃ gantvā kathesi, tasmimpi saṭṭhi therā. Tato nāgamahāvihāre kāḷakacchagāme kathesi, tasmimpi saṭṭhi therā. Tato kalyāṇiṃ gantvā tattha cātuddase heṭṭhāpāsāde kathesi, tasmimpi saṭṭhi therā. Uposathadivase uparipāsāde kathesi, tasmimpi saṭṭhi therāti evaṃ devatthereyeva idaṃ suttaṃ kathente saṭṭhiṭṭhānesu saṭṭhi saṭṭhi janā arahattaṃ pattā.
長老は手足などのすべての手入れをして大長老の体を洗いました。そしてその日は聴法の日でした。そこで大長老は「デーヴァよ、私たちに法の施し(法話)をしてくれるのがふさわしい」と言いました。長老は「尊者よ、承知しました」と受け入れました。日が沈むと聴法の告知がなされました。法臘六十を越えたまさに六十人の大長老たちが聴法のためにやって来ました。デーヴァ長老は誦経の終わりにこの経を説き始め、経の終わりに六十人の大長老たちが阿羅漢果に達しました。それからティッサ大精舎へ行って説き、そこでも六十人の長老たちが(達しました)。それからナーガ大精舎のカーラカッチャ村で説き、そこでも六十人の長老たちが。それからカリヤーニーへ行って、そこで十四日の日に階下の宮殿で説き、そこでも六十人の長老たちが。布薩の日に上の階の宮殿で説き、そこでも六十人の長老たちが――このようにデーヴァ長老がまさにこの経を説いた時、六十の場所でそれぞれ六十人ずつの人々が阿羅漢果に達したのです。
Ambilakāḷakavihāre pana tipiṭakacūḷanāgatthere imaṃ suttaṃ kathente manussaparisā gāvutaṃ ahosi, devaparisā yojanikā. Suttapariyosāne sahassabhikkhū arahattaṃ pattā, devesu pana tato tato ekekova puthujjano ahosīti.
さらにアンビラカーラカ精舎において三蔵チュウラナーガ長老がこの経を説いた時には、人間の会衆は一ガヴータ(約四分の一由旬)に及び、神々の会衆は一由旬に及びました。経の終わりに千人の比丘が阿羅漢果に達し、神々の中ではそこかしこでただ一人ずつだけが凡夫のままであったということです。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
マッジマ・ニカーヤ注釈書『パパンチャ・スーダニー』において
Chachakkasuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
『六六経注釈』終わり。
7. Mahāsaḷāyatanikasuttavaṇṇanā
7. 大六処経注釈
428. Evaṃ me sutanti mahāsaḷāyatanikasuttaṃ. Tattha mahāsaḷāyatanikanti mahantānaṃ channaṃ āyatanānaṃ jotakaṃ dhammapariyāyaṃ.
428. 「このように私は聞きました」で始まるのが『大六処経』です。そこでの「大いなる六処の」とは、広大なる六つの処を照らし示す法門のことです。
429. Ajānanti sahavipassanena maggena ajānanto. Upacayaṃ gacchantīti vuḍḍhiṃ gacchanti, vasibhāvaṃ gacchantīti attho. Kāyikāti pañcadvārikadarathā. Cetasikāti manodvārikadarathā. Santāpādīsupi eseva nayo.
429. 「知らずして」とは、ヴィパッサナーを伴う道によって知らずして、ということです。「増大に赴く」とは、増長に赴く、支配される状態に赴くという意味です。「身体の」とは、五門における苦悶のことです。「心の」とは、意門における苦悶のことです。熱苦などにおいても同様です。
430. Kāyasukhanti pañcadvārikasukhaṃ. Cetosukhanti manodvārikasukhaṃ. Ettha ca pañcadvārikajavanena samāpajjanaṃ vā vuṭṭhānaṃ vā natthi, uppannamattakameva hoti. Manodvārikena sabbaṃ hoti. Ayañca maggavuṭṭhānassa paccayabhūtā balavavipassanā, sāpi manodvārikeneva hoti.
430. 「身の楽」とは、五門における楽のことです。「心の楽」とは、意門における楽のことです。そしてここにおいて、五門の速行による入定や出定はなく、ただ生じただけにとどまります。意門によってすべてが行われます。そしてこの道の出起の縁となった強力なヴィパッサナー、それもまた意門によってのみ生じるのです。
431. Tathābhūtassāti kusalacittasampayuttacetosukhasamaṅgībhūtassa. Pubbeva kho panassāti assa bhikkhuno vācākammantājīvā pubbasuddhikā nāma ādito paṭṭhāya parisuddhāva honti. Diṭṭhisaṅkappavāyāmasatisamādhisaṅkhātāni pana pañcaṅgāni sabbatthakakārāpakaṅgāni nāma. Evaṃ lokuttaramaggo aṭṭhaṅgiko vā sattaṅgiko vā hoti.
431. 「そのようになった者には」とは、善心と相応した心の楽を備えた者となった、ということです。「彼には実に以前から」とは、この比丘の正語・正業・正命は以前からの清浄(本浄)と呼ばれ、最初から清浄なものとなっているということです。一方、正見・正思惟・正精進・正念・正定と呼ばれる五つの支分は、あらゆる目的を成し遂げさせる支分と呼ばれます。このように出世間の道は八支または七支となります。
Vitaṇḍavādī pana ‘‘yā yathābhūtassa diṭṭhī’’ti imameva suttapadesaṃ gahetvā ‘‘lokuttaramaggo pañcaṅgiko’’ti vadati. So – ‘‘evamassāyaṃ ariyo aṭṭhaṅgiko maggo bhāvanāpāripūriṃ gacchatī’’ti iminā anantaravacaneneva paṭisedhitabbo. Uttari ca evaṃ saññāpetabbo – lokuttaramaggo pañcaṅgiko nāma natthi, imāni pana pañca sabbatthakakārāpakaṅgāni maggakkhaṇe virativasena pūrenti. ‘‘Yā catūhi vacīduccaritehi ārati viratī’’ti evaṃ vuttaviratīsu hi micchāvācaṃ pajahati, sammāvācaṃ bhāveti, evaṃ sammāvācaṃ bhāventassa imāni pañcaṅgikāni na vinā, saheva viratiyā pūrenti. Sammākammantājīvesupi eseva nayo. Iti vacīkammādīni ādito paṭṭhāya parisuddhāneva vaṭṭanti. Imāni pana pañca sabbatthakakārāpakaṅgāni virativasena paripūrentīti pañcaṅgiko maggo nāma natthi. Subhaddasuttepi (dī. ni. 2.214) cetaṃ vuttaṃ – ‘‘yasmiṃ kho, subhadda, dhammavinaye ariyo aṭṭhaṅgiko maggo’’ti. Aññesu ca anekesu suttasatesu aṭṭhaṅgikova maggo āgatoti.
しかし論争者(ヴィタンダヴァーディン)は「あるがままに見る見解」というこの経の句だけを取り上げて「出世間の道は五支である」と主張します。彼は「このように彼にはこの聖なる八支則の道が修習の完成に達する」という直後の言葉によって論駁されるべきです。さらにこのように理解させるべきです――出世間の道に五支などというものは存在しない。これら五つのあらゆる目的を成し遂げさせる支分は、道の瞬間に離(節制)の力によって満たされるのである。「四つの言葉の悪行からの離脱・遠離」とこのように説かれた離において邪語を捨て、正語を修習する。このように正語を修習する者には、これら五つの支分は離なしにあるのではなく、離とともに満たされるのである。正業と正命においても同様である。このように言葉の行いなどは最初から清浄なものとして機能している。しかしこれら五つのあらゆる目的を成し遂げさせる支分は離の力によって満たされるのであって、五支の道というものは存在しない。『須跋陀経(スバッダ経)』においても「須跋陀よ、いかなる法と律において聖なる八支則の道が(あるか)」とこれが説かれている。他の何百もの経典においても、八支の道だけが説かれているのである、と。
433. Cattāropi satipaṭṭhānāti maggasampayuttāva cattāro satipaṭṭhānā. Sammappadhānādīsupi eseva nayo. Yuganandhāti ekakkhaṇikayuganandhā. Etehi aññasmiṃ khaṇe samāpatti, aññasmiṃ vipassanāti. Evaṃ nānākhaṇikāpi honti, ariyamagge pana ekakkhaṇikā.
433. 「四つの念処もまた」とは、道と相応した四つの念処のことです。正勤などにおいても同様です。「一対となって」とは、同一の瞬間において一対となって、ということです。これら(止と観)はある瞬間にはサマタ(入定)、別の瞬間にはヴィパッサナーというように異なる瞬間にも生じますが、聖道においては同一の瞬間にあるのです。
Vijjā ca vimutti cāti arahattamaggavijjā ca phalavimutti ca. Sesaṃ sabbattha uttānamevāti.
「明知と解脱」とは、阿羅漢道智の明知と、果の解脱のことです。残りはすべての箇所で明白です。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
マッジマ・ニカーヤ注釈書『パパンチャ・スーダニー』において
Mahāsaḷāyatanikasuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
『大六処経注釈』終わり。
8. Nagaravindeyyasuttavaṇṇanā
8. 頻頭城人経(ナガラヴィンダ経)注釈
435. Evaṃ me sutanti nagaravindeyyasuttaṃ. Tattha samavisamaṃ carantīti kālena samaṃ caranti, kālena visamaṃ. Samacariyampi hetanti samacariyampi hi etaṃ.
435. 「このように私は聞きました」で始まるのが『頻頭城人経』です。そこでの「正しくない行いと正しい行いをする」とは、ある時は正しく行い、ある時は不正に行うということです。「正しく行うこともまた実にこれである」とは、正しく行うこともまた実にこれ(理由)である、ということです。
437. Ke ākārāti kāni kāraṇāni? Ke anvayāti kā anubuddhiyo? Natthi kho pana tatthāti kasmā āha, nanu araññe haritatiṇacampakavanādivasena atimanuññā rūpādayo pañca kāmaguṇā atthīti? No natthi. Na panetaṃ vanasaṇḍena kathitaṃ, itthirūpādīni pana sandhāyetaṃ kathitaṃ. Tāni hi purisassa cittaṃ pariyādāya tiṭṭhanti. Yathāha – ‘‘nāhaṃ, bhikkhave, aññaṃ ekarūpampi samanupassāmi, yaṃ evaṃ purisassa cittaṃ pariyādāya tiṭṭhati, yathayidaṃ, bhikkhave, itthirūpaṃ. Itthirūpaṃ, bhikkhave, purisassa cittaṃ pariyādāya tiṭṭhatī’’ti (a. ni. 1.1) vitthāretabbaṃ. Sesaṃ sabbattha uttānamevāti.
437. 「どのような様相か」とは、いかなる理由かということです。「どのような根拠(随順)か」とは、いかなる理解かということです。「実にそこには存在しない」と、なぜ説かれたのでしょうか。森の中には青草や金鳳花の林などによる極めて快適な色などの五つの欲望の対象(五欲功徳)が存在するのではないのでしょうか。存在しないわけではありません。しかしこれは森林を指して説かれたのではなく、女性の姿などを指して説かれたのです。実にそれらは男の心を完全に捉えて離さないからです。このように説かれた通りです。「比丘たちよ、このように男の心を完全に捉えて離さない一つの姿をも、私は他に見出さない。比丘たちよ、それは女性の姿である。比丘たちよ、女性の姿は男の心を完全に捉えて離さない」(『増支部』1.1)と詳しく述べられるべきです。残りはすべての箇所で明白です。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
マッジマ・ニカーヤ注釈書『パパンチャ・スーダニー』において
Nagaravindeyyasuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
『頻頭城人経注釈』終わり。
9. Piṇḍapātapārisuddhisuttavaṇṇanā
9. 乞食清浄経注釈
438. Evaṃ me sutanti piṇḍapātapārisuddhisuttaṃ. Tattha paṭisallānāti phalasamāpattito.
438. 「このように私は聞きました」で始まるのが『乞食清浄経』です。そこでの「独坐から」とは、果定から、ということです。
Vippasannānīti okāsavasenetaṃ vuttaṃ. Phalasamāpattito hi vuṭṭhitassa pañcahi pasādehi patiṭṭhitokāso vippasanno hoti, chavivaṇṇo parisuddho. Tasmā evamāha. Suññatavihārenāti suññataphalasamāpattivihārena. Mahāpurisavihāroti buddhapaccekabuddhatathāgatamahāsāvakānaṃ mahāpurisānaṃ vihāro. Yena cāhaṃ maggenātiādīsu vihārato paṭṭhāya yāva gāmassa indakhīlā esa paviṭṭhamaggo nāma, antogāmaṃ pavisitvā gehapaṭipāṭiyā caritvā yāva nagaradvārena nikkhamanā esa caritabbapadeso nāma, bahi indakhīlato paṭṭhāya yāva vihārā esa paṭikkantamaggo nāma. Paṭighaṃ vāpi cetasoti citte paṭihaññanakilesajātaṃ kiñci atthi natthīti. Ahorattānusikkhināti divasañca rattiñca anusikkhantena.
「澄み渡っている」とは、顔つき(身体の様子)によってこれが説かれたのです。実に果定から出起した者は、五つの浄信によって確立された場が澄み渡り、皮膚の色艶が清らかになるからです。それゆえこのように説かれました。「空の住まいによって」とは、空性の果定の住まいによって、ということです。「大人の住まい」とは、仏・辟支仏・如来の大弟子たちという大人たちの住まいのことです。「私が入った道によって」などにおいて、精舎から村の門柱(結界)に至るまでが「入った道」と呼ばれ、村の中に入って家々を順番に巡って城門から出るまでが「歩くべき場所」と呼ばれ、外の門柱から精舎に至るまでが「帰還した道」と呼ばれます。「あるいは心の中の反感」とは、心の中に少しでも反発する煩悩が生じているか否かということです。「昼夜にわたって修習する者によって」とは、昼も夜も修習し続ける者によって、ということです。
440. Pahīnā nu kho me pañca kāmaguṇātiādīsu ekabhikkhussa paccavekkhaṇā nānā, nānābhikkhūnaṃ paccavekkhaṇā nānāti. Kathaṃ? Eko hi bhikkhu pacchābhattaṃ piṇḍapātapaṭikkanto pattacīvaraṃ paṭisāmetvā vivittokāse nisinno paccavekkhati ‘‘pahīnā nu kho me pañcakāmaguṇā’’ti. So ‘‘appahīnā’’ti ñatvā vīriyaṃ paggayha anāgāmimaggena pañcakāmaguṇikarāgaṃ samugghāṭetvā maggānantaraṃ phalaṃ phalānantaraṃ maggaṃ tato vuṭṭhāya paccavekkhanto ‘‘pahīnā’’ti pajānāti. Nīvaraṇādīsupi eseva nayo. Etesaṃ pana arahattamaggena pahānādīni honti, evaṃ ekabhikkhussa nānāpaccavekkhaṇā hoti. Etāsu pana paccavekkhaṇāsu añño bhikkhu ekaṃ paccavekkhaṇaṃ paccavekkhati, añño ekanti evaṃ nānābhikkhūnaṃ nānāpaccavekkhaṇā hoti. Sesaṃ sabbattha uttānamevāti.
440. 「実に私の五つの欲望の対象は捨て去られただろうか」などにおいて、一人の比丘の省察も様々であり、様々な比丘たちの省察も様々であるとは、どういうことでしょうか。ある一人の比丘が食後に托鉢から戻り、鉢と衣を片付けて閑静な場所に座り、「実に私の五つの欲望の対象は捨て去られただろうか」と省察します。彼は「捨て去られていない」と知って精進を起こし、不還道によって五つの欲望の対象に対する貪愛を根絶し、道の直後に果を、果の直後に道を、そこから出起して省察しながら「捨て去られた」と知ります。蓋(障害)などにおいても同様です。ただしそれらは阿羅漢道によって断ぜられるなどのことがあり、このように一人の比丘に様々な省察があります。そしてこれらの省察において、ある比丘はある一つの省察をなし、別の比丘は別の省察をなすというように、様々な比丘たちに様々な省察があるのです。残りはすべての箇所で明白です。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
マッジマ・ニカーヤ注釈書『パパンチャ・スーダニー』において
Piṇḍapātapārisuddhisuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
『乞食清浄経注釈』終わり。
10. Indriyabhāvanāsuttavaṇṇanā
10. 根修習経注釈
453. Evaṃ me sutanti indriyabhāvanāsuttaṃ. Tattha gajaṅgalāyanti evaṃnāmake nigame. Suveḷuvaneti suveḷu nāma ekā rukkhajāti, tehi sañchanno mahāvanasaṇḍo, tattha viharati. Cakkhunā rūpaṃ na passati, sotena saddaṃ na suṇātīti cakkhunā rūpaṃ na passitabbaṃ, sotena saddo na sotabboti evaṃ desetīti adhippāyena vadati.
453. 「このように私は聞きました」で始まるのが『根修習経』です。そこでの「カジャガラにおいて」とは、そのような名の町において、ということです。「スヴェール林において」とは、スヴェールという一種の樹木があり、それらに覆われた大森林のことで、そこに住まわれていました。「眼で色を見ず、耳で声を聞かない」とは、眼で色を見るべきではなく、耳で声を聞くべきではない、とこのように説いているのだという意図で述べているのです。
Aññathā ariyassa vinayeti iminā bhagavā attano sāsane asadisāya indriyabhāvanāya kathanatthaṃ ālayaṃ akāsi. Athāyasmā ānando – ‘‘satthā ālayaṃ dasseti, handāhaṃ imissaṃ parisati bhikkhusaṅghassa indriyabhāvanākathaṃ kāremī’’ti satthāraṃ yācanto etassa bhagavātiādimāha. Athassa bhagavā indriyabhāvanaṃ kathento tena hānandātiādimāha.
「聖者の律においては異なっている」とは、これによって世尊はご自身の教えにおける類まれなる根の修習を説くための機縁を作られました。そこで尊者アーナンダは「世尊が機縁を示された。さあ、私はこの会衆において比丘僧伽のために根の修習の教えを説いていただこう」と世尊に願い出て、「世尊よ、これについて」などと言いました。そこで世尊は彼に根の修習を説いて、「それならば、アーナンダよ」などと仰せになりました。
454. Tatha yadidaṃ upekkhāti yā esā vipassanupekkhā nāma, esā santā esā paṇītā, atappikāti attho. Iti ayaṃ bhikkhu cakkhudvāre rūpārammaṇampi iṭṭhe ārammaṇe manāpaṃ, aniṭṭhe amanāpaṃ, majjhatte manāpāmanāpañca cittaṃ, tassa rajjituṃ vā dussituṃ vā muyhituṃ vā adatvāva pariggahetvā vipassanaṃ majjhatte ṭhapeti. Cakkhumāti sampannacakkhuvisuddhanetto. Cakkhābādhikassa hi uddhaṃ ummīlananimmīlanaṃ na hoti, tasmā so na gahito.
454. 「そのうちでこの捨とは」とは、ヴィパッサナーの捨と呼ばれるものであり、これは静寂であり、勝れており、熱悩のないものであるという意味です。このようにこの比丘は、眼門において色の対象に対しても、好ましい対象には好ましい心、好ましくない対象には好ましくない心、中立な対象には好ましくも好ましくもなく中立な心が生じるのを、それに貪着したり嫌悪したり惑乱したりさせずに把握して、ヴィパッサナーを中立の境地に保ちます。「眼ある者」とは、完全で清浄な眼を備えた者のことです。眼病の者には素早い開眼と閉眼ができないため、そのような者は例に取られていません。
456. Īsakaṃpoṇeti rathīsā viya uṭṭhahitvā ṭhite.
456. 「わずかに傾いた」とは、車の轅(ながえ)のように立ち上がっている状態のことです。
461. Paṭikūle appaṭikūlasaññītiādīsu paṭikūle mettāpharaṇena vā dhātuso upasaṃhārena vā appaṭikūlasaññī viharati. Appaṭikūle asubhapharaṇena vā aniccato upasaṃhārena vā paṭikūlasaññī viharati. Sesapadesupi eseva nayo. Tadubhayaṃ abhinivajjetvāti majjhatto hutvā viharitukāmo kiṃ karotīti? Iṭṭhāniṭṭhesu āpāthagatesu neva somanassiko na domanassiko hoti. Vuttañhetaṃ –
461. 「嫌悪すべきものにおいて嫌悪すべきでないという想いを持ち」などにおいて、嫌悪すべきものに対して慈悲の遍満によって、あるいは界としての考察によって、嫌悪すべきでないという想いを持って住します。嫌悪すべきでないものに対して不浄の遍満によって、あるいは無常としての考察によって、嫌悪すべきであるという想いを持って住します。残りの句においても同様です。「その両方を避けて」とは、中立となって住しようと望む者は何をするのかということです。好ましいものや好ましくないものが認識領域に入ってきても、喜ぶこともなく憂えることもありません。実にこのように説かれています――
‘‘Kathaṃ paṭikūle appaṭikūlasaññī viharati? Aniṭṭhasmiṃ vatthusmiṃ mettāya vā pharati, dhātuto vā upasaṃharati, evaṃ paṭikūle appaṭikūlasaññī viharati. Kathaṃ appaṭikūle paṭikūlasaññī viharati? Iṭṭhasmiṃ vatthusmiṃ asubhāya vā pharati, aniccato vā upasaṃharati, evaṃ appaṭikūle paṭikūlasaññī viharati. Kathaṃ paṭikūle ca appaṭikūle ca appaṭikūlasaññī viharati? Aniṭṭhasmiñca iṭṭhasmiñca vatthusmiṃ mettāya vā pharati, dhātuto vā upasaṃharati. Evaṃ paṭikūle ca appaṭikūle ca appaṭikūlasaññī viharati. Kathaṃ appaṭikūle ca paṭikūle ca paṭikūlasaññī viharati? Iṭṭhasmiñca aniṭṭhasmiñca vatthusmiṃ asubhāya vā pharati, aniccato vā upasaṃharati, evaṃ appaṭikūle ca paṭikūle ca paṭikūlasaññī viharati. Kathaṃ paṭikūle ca appaṭikūle ca tadubhayaṃ abhinivajjetvā upekkhako viharati sato sampajāno? Idha bhikkhu cakkhunā rūpaṃ disvā neva sumano hoti na dummano, upekkhako viharati sato sampajāno…pe… manasā dhammaṃ viññāya neva sumano hoti na dummano, upekkhako viharati sato sampajāno. Evaṃ paṭikūle ca appaṭikūle ca tadubhayaṃ abhinivajjetvā upekkhako viharati sato sampajāno’’ti.
「どのようにして嫌悪すべきものにおいて嫌悪しない想いを抱いて住するのか。好ましくない対象に対して慈愛をもって遍満するか、あるいは界(要素)として観察し、このようにして嫌悪すべきものにおいて嫌悪しない想いを抱いて住する。どのようにして嫌悪すべきでないものにおいて嫌悪する想いを抱いて住するのか。好ましい対象に対して不浄をもって遍満するか、あるいは無常として観察し、このようにして嫌悪すべきでないものにおいて嫌悪する想いを抱いて住する。どのようにして嫌悪すべきものと嫌悪すべきでないものの双方において嫌悪しない想いを抱いて住するのか。好ましくない対象と好ましい対象の双方に対して慈愛をもって遍満するか、あるいは界として観察する。このようにして嫌悪すべきものと嫌悪すべきでないものの双方において嫌悪しない想いを抱いて住する。どのようにして嫌悪すべきでないものと嫌悪すべきものの双方において嫌悪する想いを抱いて住するのか。好ましい対象と好ましくない対象の双方に対して不浄をもって遍満するか、あるいは無常として観察し、このようにして嫌悪すべきでないものと嫌悪すべきものの双方において嫌悪する想いを抱いて住する。どのようにして嫌悪すべきものと嫌悪すべきでないもののその双方を避けて、正念・正知にして捨(平静)にとどまるのか。ここに比丘は眼によって色を見て歓喜することもなく憂えることもなく、正念・正知にして捨にとどまる。……中略……意によって法を認識して歓喜することもなく憂えることもなく、正念・正知にして捨にとどまる。このようにして嫌悪すべきものと嫌悪すべきでないもののその双方を避けて、正念・正知にして捨にとどまるのである」と。
Imesu ca tīsu nayesu paṭhamanaye manāpaṃ amanāpaṃ manāpāmanāpanti saṃkilesaṃ vaṭṭati, nikkilesaṃ vaṭṭati. Dutiyanaye saṃkilesaṃ, tatiyanaye saṃkilesanikkilesaṃ vaṭṭati. Puna vuttaṃ – ‘‘paṭhamaṃ saṃkilesaṃ vaṭṭati, dutiyaṃ saṃkilesampi nikkilesampi, tatiyaṃ nikkilesameva vaṭṭatī’’ti. Sesaṃ sabbattha uttānamevāti.
そしてこれら三つの論理において、第一の論理では、好ましいもの、好ましくないもの、好ましくもあり好ましくなくもあるものとして、雑染(煩悩の生起)と無雑染(煩悩の非生起)が適用される。第二の論理では雑染が、第三の論理では雑染と無雑染が適用される。また別に「第一には雑染が、第二には雑染も無雑染も、第三には無雑染のみが適用される」とも説かれる。残りの部分はすべての箇所で明瞭なことである。
Papañcasūdaniyā majjhimanikāyaṭṭhakathāya
『パパンチャ・スーダニー』(破戯論)中部注釈において
Indriyabhāvanāsuttavaṇṇanā niṭṭhitā.
根修習経釈 終了。
Pañcamavaggavaṇṇanā niṭṭhitā.
第五品釈 終了。
Uparipaṇṇāsaṭṭhakathā niṭṭhitā.
後五十経篇注釈 終了。
Yo cāyaṃ ‘‘sabbadhammamūlapariyāyaṃ vo, bhikkhave, desissāmī’’ti āraddhattā ādikalyāṇo, majjhe ‘‘suttaṃ geyyaṃ veyyākaraṇaṃ gāthā udānaṃ itivuttakaṃ jātakaṃ abbhutadhammaṃ vedalla’’nti vacanato majjhekalyāṇo, sanniṭṭhāne ‘‘ariyo bhāvitindriyo’’ti vacanato pariyosānakalyāṇoti tividhakalyāṇo majjhimanikāyo ‘‘mahāvipassanā nāmāya’’nti vutto, so vaṇṇanāvasena samatto hoti.
「比丘たちよ、汝らに一切法の根本の法門を説くであろう」と説き始められたことによって初めも善く、中ほどにおいて「経、応頌、授記、偈、自説、如是語、本生、未曾有法、有明」という言葉によるがゆえに中も善く、結びにおいて「聖なる者、諸根を修めた者」という言葉によるがゆえに終わりも善いという、三種において善き中部経典は「大ヴィパッサナー」と呼ばれるが、その解説の完了に至ったのである。
Nigamanakathā
結語
Ettāvatā ca –
これに関して、
Āyācito sumatinā therena bhadantabuddhamittena,
優れた智慧を有する長老、尊者ブッダミッタにより懇請され、
Pubbe mayūradūtapaṭṭanamhi saddhiṃ nivasantena.
かつてマユーラドゥータ港において共に住した折に、
Paravādavidhaṃsanassa majjhimanikāyaseṭṭhassa,
他論を粉砕する最勝の中部経典に対する、
Yamahaṃ papañcasūdanimaṭṭhakathaṃ kātumārabhiṃ.
『パパンチャ・スーダニー』と名づく注釈を私は著し始めた。
Sā hi mahāaṭṭhakathāya sāramādāya niṭṭhitā esā,
それは『大注釈』の精要を採って完成されたものであり、
Sattuttarasatamattāya pāḷiyā bhāṇavārehi.
本文(パーリ)の誦品(バーナワーラ)の数にして百七誦品ほどである。
Ekūnasaṭṭhimatto visuddhimaggopi bhāṇavārehi,
また五十九誦品ほどである『清浄道論』も、
Atthappakāsanatthāya āgamānaṃ kato yasmā.
聖典の義理を明らかにするために著されたがゆえに、
Tasmā tena sahā’yaṃ gāthāgaṇanānayena aṭṭhakathā,
それとともにこの注釈は偈頌の計算法によれば、
Samadhikachasaṭṭhisatamiti viññeyyā bhāṇavārānaṃ.
百六十六を越える誦品であると知られるべきである。
Samadhikachasaṭṭhisatapamāṇamiti bhāṇavārato esā,
誦品にして百六十六を越える分量をもつこの注釈は、
Samayaṃ pakāsayantī mahāvihārādhivāsīnaṃ.
大寺派に住する者たちの宗旨を明らかにし、
Mūlaṭṭhakathāsāraṃ ādāya mayā imaṃ karontena,
『根本注釈』の真髄を採ってこれを著した私によって、
Yaṃ paññamupacitaṃ tena hotu loko sadā sukhitoti.
積み集められたその功徳により、世界が常に安楽であらんことを。
Paramavisuddhasaddhābuddhivīriyappaṭimaṇḍitena sīlācārajjavamaddavādiguṇasamudayasamuditena sakasamayasamayantaragahanajjhogāhanasamatthena paññāveyyattiyasamannāgatena tipiṭakapariyattippabhede sāṭṭhakathe satthu sāsane appaṭihatañāṇappabhāvena mahāveyyākaraṇena karaṇasampattijanitasukhaviniggatamadhurodāravacanalāvaṇṇayuttena yuttamuttavādinā vādīvarena mahākavinā pabhinnapaṭisambhidāparivāre chaḷabhiññādippabhedaguṇappaṭimaṇḍite uttarimanussadhamme suppatiṭṭhitabuddhīnaṃ theravaṃsappadīpānaṃ therānaṃ mahāvihāravāsīnaṃ vaṃsālaṅkārabhūtena vipulavisuddhabuddhinā buddhaghosoti garūhi gahitanāmadheyyena therena katā ayaṃ papañcasūdanī nāma majjhimanikāyaṭṭhakathā –
至極清浄な信・慧・精進を兼ね備え、戒・行・質直・柔和などの徳の集いに満ち、自宗および他宗の奥義を究めることに長け、智慧と才気に恵まれ、義釈を伴う三蔵の聖教において無礙の智慧の輝きをもち、大いなる文法学者であり、発音器官の具足により生じた快く明瞭で甘美かつ荘重な言葉の優美さを備え、時宜にかなった適切な言葉を語る勝れた論者にして大詩人であり、無礙解の徳を具え六神通などの諸徳に飾られ人法を超えた法に正しく確立した智慧をもつ長老の系譜の灯明たる、大寺派の住者たちの家系を飾る存在であり、広大清浄な智慧をもち、尊師たちから「ブッダゴーサ」(覚音)という名を受け賜わった長老によって作られた、この『パパンチャ・スーダニー』と名づく中部注釈が、
Tāva tiṭṭhatu lokasmiṃ, lokanittharaṇesinaṃ;
世を脱することを求める善男子たちに、
Dassentī kulaputtānaṃ, nayaṃ diṭṭhivisuddhiyā.
見清浄の道を示しつつ、世に長く存続せんことを。
Buddhoti nāmampi, suddhacittassa tādino;
清浄なる心をもつ、如実なる者、
Lokamhi lokajeṭṭhassa, pavattati mahesinoti.
世の最長老たる大仙人なる「仏陀」の御名が世に存続するその時まで。
Papañcasūdanī nāma
『パパンチャ・スーダニー』と名づく
Majjhimanikāyaṭṭhakathā sabbākārena niṭṭhitā.
中部注釈は、すべてにおいて完結した。